シリーズ:「教育基本条例」の危険(その十四)
重要なのは教育の質より生徒の頭数??
――理不尽な競争に駆り立てられる公立・私立高校
  

私立高校無償化に潜む落とし穴――露骨な競争原理の導入で、教育が「質より量」に
 大阪府では今年度から導入された「授業料支援補助金」の制度によって、私立高校の授業料が無償になる世帯の範囲が大幅に拡大されました。(注1) 授業料のことを気にせずに高校を選択できるようになったというのは、子どもにとっても、高額の授業料を捻出するのに苦労する家庭にとっても実にありがたい話です。ところが、喜んでばかりもいられません。そこには大きな落とし穴があるのです。
私立高校生に対する授業料支援について(大阪府)
高校等の授業料無償化の拡大【詳細資料】(大阪府)

注1:従来の大阪府の制度では、子どもを私立高校に通わせている家庭の負担軽減額は生活保護世帯で35万円、430万円〜680万円以下の世帯で25万円〜6万円でした。それが、今年度からは国の就学支援金(1人当たり年18万〜24万円)に府独自の支援補助金(同31万〜37万円)を上乗せすることによって、1年生については、年収610万円までの家庭が、高校授業料平均額58万円までは家庭負担がゼロとなりました。(2・3年生の家庭については年収350万円までが負担ゼロです)

 この制度の導入によって、今春の高校受験の様相は大きく変化しました。私立高校を第1志望とする専願が大きく増え、そして、私立高校の中には募集定員の1・5倍〜2倍近く入学させた高校も出てきたのです。教員数や施設の適正規模、収容能力を無視して入学させ、45人〜50人学級にして生徒を教室に詰め込むという事態が生じています。

 どうしてこんなことが生じたのでしょうか。それは、この制度が私学の経営に対して根本的な転換を強いているからなのです。
 この補助金の財源は、従来、学校法人に対して交付されていた助成金を大幅にカットすることによって捻出されました。私学助成金の大幅カットは2年前からおこなわれ、生徒1人あたりの単価は27万5000円、全国で46位(ワースト2)になっています。(ちなみに1位は鳥取県で46万8000円、2位は東京都で38万7000円です。)
 それでも昨年度までの大阪府の私学助成の配分基準は、教職員数の多さやクラス定員数の少なさ、授業料の安さなどに応じて加算されるなど、それぞれの学校の規模や実情――たとえば、不登校生や低学力生を受入れ、ゆっくりと教育するなどの小規模校の経営の安定化――も考慮されていました。
 ところが、今年度はそうした配分基準をすべて撤廃し、単純に生徒数に比例した経常費補助とする「パーヘッド方式」へと改悪したのです。それは何人入学したかで補助金が決まるという単純なもので、つまり、生徒を詰め込めば詰め込むほど補助金が増えるというものです。したがって、先に述べたような定員を大幅にオーバーして生徒を詰め込む私学が出てくるというのは、この制度が必然的にもたらす結果なのです。
 この制度のもとではどんどん競争原理が支配することになるでしょう。専任教員を減らして非常勤講師を増やし、生徒をとれるだけとって詰め込む大規模校が「勝ち残り」、その一方で、生徒数が500人そこそこで30人学級を実践しているような中小規模校は、存続すら危うくなってしまいます。

統廃合を避けるために、定員減に動いた公立学校
 一方、この煽りを食らった公立高校では、全日制普通科108校中42校で定員割れという今までにない事態が生まれました。このことが来年度の入試状況に思わぬ影響を与えます。
 仮に大阪府教育基本条例案が成立すれば、3年続いて定員割れを起こした高校は廃校になってしまいます。4割もの公立高校が統廃合の危機にさらされるというのは前代未聞のことです。そこで今春入試で定員割れした多くの府立高校が、統廃合の対象となるのを避けようと、来年度の入試に向け、事前に定員減を求めました。一方私立高校は、定員を増やしても今年度のような入学希望者が来なかった場合「定員割れ」という不名誉に追い込まれるので、定員自体は増やしませんでした。この結果、来年度の公立高校の募集定員が減り、高校進学希望者数を大幅に割り込んだのです。

 これまでは、中学生の進学先確保のため、公立7割、私立3割の比率で事前に割り振り、募集定員が受験予定者の総数を下回ることはありませんでした。ところがこのような慣例を無視したやり方をした結果、来年度の高校入試では公私合わせても、府内の受験予定者数に対し募集定員が約2000人も足りない事態となったのです。
 中学を卒業しても高校に入れない子どもたち(高校浪人をするか、あきらめて就職するか、他府県の高校に行かざるを得ない)が2000人も生まれるというのは、明らかに異常事態です。高校入試を控える中学生や保護者たちに大きな不安を与えました。まだ成立もしていない教育基本条例案が早くも教育破壊の効果を発揮したのです。
大阪の公立高、募集定員削減 「維新の会」の教育条例案が影響(産経新聞)
高校入試、決まらぬ定員 募集総数、進学者数下回る(朝日新聞)
大阪の高校、来春は「狭き門」?…募集定員、受験予定者に2000人不足(読売新聞)

 これに対して、大阪府教委と府内私学団体でつくる府公私立高校連絡協議会は15日、来春の募集定員を公立4万5320人、私立2万3800人以上と決め、およそ「65対35」の比率とすることでひとまず危機を回避できることになりました。
大阪府:公私立高比率「65対35」に 連絡協議会(毎日新聞)
大阪の高校入試、定員不足回避へ 公私ギリギリ合意(朝日新聞)

生徒獲得競争の犠牲になるのは子どもたち
 しかし今回は危機を回避したものの、起こったことは、教育基本条例案の統廃合規定が公立高校にどれほど重くのしかかるのかを明らかにしています。条例案は大阪府の新しい「授業料支援補助金」の制度と合わさり、公立高校を定員割れ・統廃合の危機にさらし、私立高校を「質より量」の経営方針に転換せざるを得ないようにしていきます。そして、とにかくどう生徒の頭数を集めるのか、どう定数割れを回避するのかを入試の最大の関心事にしてしまい、入学してくる生徒たちにどのような教育をしていくのかということをそっちのけにして、生徒獲得競争に教職員を駆り立てることになってしまいます。
 その犠牲を被るのは言うまでもなく子どもたちです。

大阪府教育基本条例
(学校の統廃合)
第四十四条 府立高等学校のうち、各年度に定められた入学定員(定時制に係る定員を除く。)を入学者数が下回った場合、府教育委員会は当該学校の校長に対し、学校運営の現状及び問題点を報告させるとともに、改善に向けて指導するものとする。
2 前項の指導にもかかわらず、当該学校において三年度連続で入学定員を入学者数が下回るとともに、今後も改善の見込みがないと判断する場合には、府教育委員会は当該学校を他の学校と統廃合しなければならない。
3 府教育委員会は、前項の規定を潜脱する目的で、入学定員を設定してはならない。

2011年11月16日
リブ・イン・ピース☆9+25



シリーズ:「教育基本条例」の危険
(その一)はじめに――大阪の学校教育を破壊する「教育基本条例」
(その二)「教育行政への政治の関与」「民意の反映」とは、“大阪の教育はオレの好きなようにやらせろ”ということ
(その三)府立学校長からも批判噴出――10月3日維新の会と府立学校長との意見交換会議事録より
(その四)教育をすべて競争にしてしまう
(その五)グローバル社会を批判する人々は矯正が必要?
(その六)教職員間の信頼関係を根底から崩し、教員をつぶしてしまう
(その七)教育基本条例は、"集団的営みとしての教育"を破壊する
(その八)教育基本条例が依拠するのは、すでに破綻したサッチャー「教育改革」
(その九)保護者に、学校への協力や家庭教育の義務が課せられる
(その十)児童・生徒への「懲戒」条項
(その十一)寸劇「ユーケーリョクのコーシ」(家庭教育義務違反の悲劇)
(その十二)橋下語録に見る教育基本条例の危険性

(その十三)学校協議会が、校長・教員の評価、学校評価、教科書選定の権限をもつ強大な権力機関に
(その十四)重要なのは教育の質より生徒の頭数??――理不尽な競争に駆り立てられる公立・私立高校
(その十五)たとえ「民意を反映した」政権でも、教育への政治介入は許されない
(その十六)軍国主義教育(上)──教職員と教育の統制・支配から「教育の死」へ
(その十七)軍国主義教育(下)──教科も行事もあらゆるものが天皇賛美・戦争遂行の道具に