シリーズ:「教育基本条例」の危険(その十)
児童・生徒への「懲戒」条項
  

「教育は2万%強制」が行き着くところ
 条例第47条には、児童・生徒への懲戒が盛り込まれています。もともとの素案では「出席停止」も盛り込まれていましたが、出席停止は、小・中学校の児童生徒の行動を縛るものとなるため、府条例が対象にすることはできないので削られたようです(市立の小中学校を対象とする大阪市教育基本条例には入っていました)。この項目は、府費教職員(小中学校の教職員の人件費は府から支出されています)は懲戒を加えることができるという教職員に関する規定です。橋下・維新の会の教育思想の最も反動的な部分が表れています。

(児童生徒に対する懲戒)
第四十七条 校長、副校長及び教員は、教育上必要があるときは、必要最小限の有形力を行使して、児童生徒に学校教育法第十一条に定める懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない。
2 府教育委員会は、前項の運用に当たっての基準を定めなければならない。

 「教育は2万%強制」という思想は、子どもは押さえつける対象、有無を言わさず従わせる対象、無理矢理にでも言うことを聞かせる対象、言うことを聞かなければ懲罰や制裁を加えてでも矯正する対象ということです。上官の命令は絶対という軍隊的な規律が教職員だけでなく子どもにまで貫徹されようとしています。校長への絶対服従を義務づけられた教職員は、「教育は強制」という思想のもと、懲戒を掲げて生徒・児童に相対させられます。
 教職員は、「必要最小限の有形力を行使」して児童・生徒を従わせなければなりません。「体罰でない」とわざわざ注意書きされているのは、「有形力の行使」がエスカレートした場合、「条例に従ってやっている」といい訳するためのものではないでしょうか。
 何を「教育上必要」とみるか、どのような「必要最小限の有形力」を行使するかは、府教委区委員会が決定することになっています。
 問題生徒を別室に隔離したり、卒業式に出席させない、給食を食べさせない、一日中反省文を書かせる、グラウンドを走らせるなど様々な「有形力の行使」が合法的に行われることを危惧します。

「家庭教育のできていない」子には、教育ではなく懲罰
 さらに、ここで恐ろしいのは、(その九)で問題にした、保護者の学校運営への参加義務、家庭教育の義務、そして保護者の不当な要求の禁止とあわせて子どもへの懲戒がでてきていることだと思います。
 学校で「問題行動」を起こす児童・生徒は、学校の教育が解決すべき問題ではなく、家庭教育がなっていないからだという論理が簡単にまかりとおるようになります。「社会常識及び基本的生活習慣」を身につけさせるのは家庭の義務なのです。
 そして、家庭教育ができていない児童・生徒は懲戒の対象にされてしまいます。「社会常識及び基本的生活習慣」をつけさせるのは学校教育ではなく家庭教育の義務であるため、そのような児童・生徒は教育ではなく懲戒の対象なのです。それは、保護者が「家庭教育を怠った」として懲戒の対象にエスカレートする可能性をもっています。
 なんでもかんでも学校がやるべきだ、教職員の責任だというのではありません。教職員は、問題解決のために、家庭環境も把握した上で保護者とも連携をとって行かなければならないたいへんな仕事ですが、「おかあさん、もっと家庭でのしつけをちゃんとしてください」「子どものときのしつけが問題行動を起こしているのです」と言って突き放すようになったら大変です。あるいは逆に、「もっと学校運営への参加義務を果たしてください」となりかねません。
 「社会常識及び基本的生活習慣」とはきわめてあいまいで、人々の価値観に寄るところが大きいです。しかも家庭だけで身につけられるものではなく、むしろ幼稚園、保育園、学校などで社会的に身につけていく部分の方が大きいと言われています。 
 家庭教育義務と併せて、子どもへの懲戒が合法化されることになるというのはとても恐ろしいことです。

2011年11月3日
リブ・イン・ピース☆9+25



シリーズ:「教育基本条例」の危険
(その一)はじめに――大阪の学校教育を破壊する「教育基本条例」
(その二)「教育行政への政治の関与」「民意の反映」とは、“大阪の教育はオレの好きなようにやらせろ”ということ
(その三)府立学校長からも批判噴出――10月3日維新の会と府立学校長との意見交換会議事録より
(その四)教育をすべて競争にしてしまう
(その五)グローバル社会を批判する人々は矯正が必要?
(その六)教職員間の信頼関係を根底から崩し、教員をつぶしてしまう
(その七)教育基本条例は、"集団的営みとしての教育"を破壊する
(その八)教育基本条例が依拠するのは、すでに破綻したサッチャー「教育改革」
(その九)保護者に、学校への協力や家庭教育の義務が課せられる
(その十)児童・生徒への「懲戒」条項
(その十一)寸劇「ユーケーリョクのコーシ」(家庭教育義務違反の悲劇)
(その十二)橋下語録に見る教育基本条例の危険性
(その十三)学校協議会が、校長・教員の評価、学校評価、教科書選定の権限をもつ強大な権力機関に
(その十四)重要なのは教育の質より生徒の頭数??――理不尽な競争に駆り立てられる公立・私立高校
(その十五)たとえ「民意を反映した」政権でも、教育への政治介入は許されない
(その十六)軍国主義教育(上)──教職員と教育の統制・支配から「教育の死」へ
(その十七)軍国主義教育(下)──教科も行事もあらゆるものが天皇賛美・戦争遂行の道具に