シリーズ:「教育基本条例」の危険(その十二)
橋下語録に見る教育基本条例の危険性
  

 橋下前大阪府知事と大阪維新の会が推進する「教育基本条例」は、知事や市長が、大阪の教育を意のままに動かすことを、合法化するものです。橋下氏自らが大阪市長となって、この条例に基づいて教育を動かそうとしています。
 しかし、この橋下氏とは、そもそも一体どのような人物なのでしょうか? 大阪の教育を決定的な影響力を持とうという人物がどのような人物なのか、私たちは強い関心を持たざるをえません。彼のこれまでの発言を振り返り、そのような人間が教育に関する権限を一手に握るとどうなるか、考える材料としたいと思います。

政治姿勢──独裁と権力志向、ウソから始まった政界進出
「今の日本の政治で一番重要なのは独裁」(6月29日、政治資金集めパーティーで)
 およそ「独裁」を肯定するような人間に「民主主義国」で政治を担う資格があるのでしょうか? 教育を語る資格があるのでしょうか? この1点だけを取ってみても、知事や市長が教育の全権を握る「教育基本条例」が、いかに危険なものであるかがわかります。自らを独裁者ヒトラーになぞらえるような発言に、ファシストをもじり「ハシスト」という批判が出ています。
橋下知事「政治に独裁を」 資金パーティーで気勢(産経ニュース)

「別に政治家を志す動機付けが、権利欲や名誉欲でもいいじゃないか」、「政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。その後に、国民のため、お国のためがついてくる。自分の権力欲、名誉欲を達成する手段として、嫌々国民のために奉仕しなければいけないわけよ」(著書、『まっとう勝負』)
 自分の欲望を達成する「手段」として国民を利用する、と言ってはばからないのです。

「2万%出馬はない」(2007年12月、大阪府知事選に出馬するかを聞かれて)
 これが真っ赤なウソだったことは、皆さんご存じの通りです。さらに「出馬しない」といった理由を「番組出演の調整のため」と弁明しましたが、宮崎哲弥氏によるとそれもウソで、本当の理由は「自公推薦だけでなく、財界の支援取り付けの確認ができるまで待っていたため」だということです。彼の政界への進出は、その最初の一歩からウソにまみれていたのです。

「ルールをかいくぐるアイディアを絞り出すことこそ、いまの日本にとって一番必要なんじゃないか!」、「明確なルールのみが行動の基準であって、明確なルールによる規制がない限りは何をやっても構わない」、「ルールの隙を突いた者が賞賛されるような日本にならないと、これからの国際社会は乗り切れない」(『まっとう勝負』)
 平気でウソをつき追及されると居直る、彼の姑息な人生観をよく表した言葉です。政治にも、その考え方が貫かれているのではないでしょうか。

エリート教育推進、その他の子どもは切り捨て
「足し算、 引き算、 掛け算、 割り算、 読み書きくらいで十分、 世の中生きていける。化学式なんていらない」(2008年10月23日、私学助成金削減を巡る高校生との議論で)
「学校で最低限教えるべきなのは読み書き、そろばんと、目上の人間に対する礼儀だけでいい」(読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』)
 かつて、作家・三浦朱門氏がエリート教育を擁護した「できん者はできんままで結構、エリート以外は実直な精神だけ持っていてくれればいい」との発言を彷彿とさせるものです。

「今の世の中は、自己責任がまず原則ですよ。誰も救ってくれない」「それはじゃあ、国を変えるか、この自己責任を求められる日本から出るしかない」(2008年10月23日、私学助成金削減を巡る高校生との議論で)
 「いやなら日本から出て行け」とは、右翼が在日外国人に対してよく使う言葉です。日本で生きる権利を認めないということです。そうした言葉を、知事の立場で、しかも子どもに対して使うとは。この席で女子高生が号泣します。橋下氏は、知事選の公約「子どもが笑う」などと言っていましたが、実際にやったことは子どもを泣かすことでした。この時「『子どもが笑う』とは、皆さんが笑うためではない」とも言っています。

「口で言って解らない年齢の子供には、痛み(体罰)をもって反省させることが重要」(『まっとう勝負』)
 教育基本条例案では、児童・生徒への「有形力の行使」を明記し、事実上体罰を合法化しようとしています。橋下氏の考えからすれば、当然なのでしょう。

苦しんでいる人々を叩く
「(ニートには)拘留の上、労役を課す」、「国家予算から単純計算すると、日本に生きるだけで一人あたま47万円の金がかかる。税金を払わない奴は生きる資格がない」(読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』)
 これは、苦しんでいる人々を個人の責任にし、罵声を浴びせるという許し難い言動です。 15歳〜24歳の若年層の失業率は9.4%(2010年平均、総務省)、生活保護受給世帯は大阪府が全国ワースト1で29万4902人(7月、厚生労働省)に登っています。学校に通うことも、働くこともできない、いわゆる「ニート」の状態は、そもそも社会情勢の悪化によってもたらされています。また、低所得者などには所得税や住民税免除の措置がとられています。「税金を払わない奴」に生きる資格がないと言うのであれば、免税措置を廃止するか、低所得者層の基本的人権を剥奪しなければなりません。橋下氏は、そのようなことを知って言っているのかどうかはわかりませんが、社会でもっとも厳しい立場にある人々を叩いてウケを狙うのです。

「民意」重視のはずが、住民投票は否定
「防衛政策に自治体が異議を差し挟むべきではない」、「間接代表制をとる日本の法制度上、直接民主制の住民投票の対象には制限がある」(2008年1月31日、岩国の米軍基地を巡る住民投票について)
・(上の発言を憲法学者らから批判されて)「机上の憲法論しか知らない学者にとやかく言われたくない」、「何でもかんでも住民投票をやると、多数の意見だけに従って政治を動かさなければならなくなる」(同年2月3日)
 橋下氏は、教育基本条例の目的として、「教育に民意を反映する」ことを挙げます。しかし、その同じ口で、民意を反映するための岩国市の住民投票を、激しく非難しているのです。自らに都合のいい時だけ「民意」を持ち出しますが、それは実は自らの意志を「民意」と偽装するために過ぎないことが分かります。
[抗議声明]大阪府知事橋下徹は、岩国住民投票否定発言を撤回し謝罪せよ!(署名事務局)

軍事礼賛
「日本の一番情けないところは、単独で戦争ができないこと」、「私は改憲派だし核保有を肯定する」(読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』)
 橋下氏は、このように、戦争や核兵器を平気で肯定します。このような人物が主導権を握ると、戦前・戦中のように、学校が兵隊養成所になってしまいかねません。

「40歳代くらいの職員を対象に自衛隊での研修を検討したい」「府庁の事務職にどっぷり慣れ親しんだ職員に、あいさつ、姿勢から学んでほしい」(2008年6月17日、大阪府和泉市の陸上自衛隊信太山駐屯地で訓練の視察を行った後)
 橋下氏はよく「組織」という言葉を使いますが、彼の理想とする組織は軍隊なのでしょう。そして、「上官の命令は絶対」の軍隊式上意下達で教育を動かそうというのでしょうか。
府職員に自衛隊訓練も 橋下知事が検討(47ニュース)

他民族蔑視
「日本人による買春は中国へのODAみたいなもの」(TBS『サンデージャポン』)
 中国の人々を見下し、民族差別に貫かれたこの発言ほど、橋下氏の本質を表すものはないかも知れません。
橋下徹氏の足元揺らす「ODA発言」(JANJANニュース)

その他にも
 橋下氏は、「クソ教育委員会」、「バカ教員」、「文科省はバカ」、「バカ記者」などと、他人の人格を平気で傷つける発言を、公の場で数多く行っています。知事や市長以前に、まともな社会人の取る態度ではありません。このような人物に教育を語る資格があるのでしょうか。
橋下知事「クソ教育委員会 ラジオ」(Youtube)
「バカ教員」(橋下徹twitter)

 橋下氏に教育の全権を委ねるような教育基本条例を成立させてしまったら、どのような恐ろしい事態になるか、以上の語録だけからでも明らかではないでしょうか。
 もちろん、橋下氏の問題は言葉だけではありません。
 「子どもが笑う」と公約したはずの橋下氏ですが、知事就任後まもなく府立国際児童文学館(吹田市)の廃止を打ち出しました。反対の声が上がる中、橋下氏は、「勤務状況の評価」と称して、自分の私設秘書に館内の状況を隠し撮りさせるという、常軌を逸した行動に出ました。結局、児童文学館2009年12月に廃止されてしまいました。
 また、2010年から導入された府の私立高校無償化制度から、大阪朝鮮高級学校(東大阪市)を除外しました。さらに、同校に従来から支給されてきた「外国人学校振興補助金」も支給を止めました。その過程で、朝鮮学校や在日の人々に対する差別発言を連発しています。
 今年9月には、障がい者のスポーツ、文化・レクリエーションを目的とした府立稲スポーツセンター(箕面市)の廃止を突然打ち出しました。利用者をはじめとする反対の声にも関わらず廃止条例を可決しようとしていましたが、テレビニュースの取材を受けると、先送りに転じました。橋下氏は知事職を放り出しましたが、このセンターの行く末も予断を許しません。
憤懣本舗「障がい者スポーツ施設残して!」(毎日放送『VOICE』)

 このように様々な問題発言や行動を行ってきた橋下氏ですが、いまだに少なからぬ人から支持を受けています。その理由の1つに「口のうまさ」があると思われます。彼と議論する人の多くが、橋下氏の土俵に引きずり込まれ、反論しにくくなっていくのを見ます。その橋下氏の議論の仕方を分析した、興味深い文章を最後に紹介します。
橋下徹の言論テクニックを解剖するマガジン9

 中島岳志北海道大准教授のこの文章は、「実際には存在しないレトリックによる利益」、「譲歩の演出」といった、橋下氏の「騙しのテクニック」とでも言いたくなるような議論の仕方を、教育基本条例を巡る議論の実例に基づいて、明らかにしています。
 こうした、橋下氏の「口のうまさ」に惑わされることなく、教育基本条例の危険性を見極めたいものです。

2011年11月10日
リブ・イン・ピース☆9+25



シリーズ:「教育基本条例」の危険
(その一)はじめに――大阪の学校教育を破壊する「教育基本条例」
(その二)「教育行政への政治の関与」「民意の反映」とは、“大阪の教育はオレの好きなようにやらせろ”ということ
(その三)府立学校長からも批判噴出――10月3日維新の会と府立学校長との意見交換会議事録より
(その四)教育をすべて競争にしてしまう
(その五)グローバル社会を批判する人々は矯正が必要?
(その六)教職員間の信頼関係を根底から崩し、教員をつぶしてしまう
(その七)教育基本条例は、"集団的営みとしての教育"を破壊する
(その八)教育基本条例が依拠するのは、すでに破綻したサッチャー「教育改革」
(その九)保護者に、学校への協力や家庭教育の義務が課せられる
(その十)児童・生徒への「懲戒」条項
(その十一)寸劇「ユーケーリョクのコーシ」(家庭教育義務違反の悲劇)
(その十二)橋下語録に見る教育基本条例の危険性
(その十三)学校協議会が、校長・教員の評価、学校評価、教科書選定の権限をもつ強大な権力機関に
(その十四)重要なのは教育の質より生徒の頭数??――理不尽な競争に駆り立てられる公立・私立高校
(その十五)たとえ「民意を反映した」政権でも、教育への政治介入は許されない
(その十六)軍国主義教育(上)──教職員と教育の統制・支配から「教育の死」へ
(その十七)軍国主義教育(下)──教科も行事もあらゆるものが天皇賛美・戦争遂行の道具に