シリーズ「尖閣諸島問題」をどう見るか ──歴史的経緯を中心に
(その1)なぜ「尖閣諸島問題」が起きたのか

 昨年9月7日、尖閣諸島沖で、中国漁船と日本の海上保安庁巡視船が衝突した事件が発生しました。「日本の固有の領土である尖閣諸島の海域を領海侵犯した中国漁船が、衝突して逃走しようとした」と言われています。
 この事件をきっかけに、マス・メディアにはセンセーショナルに反中国をあおる報道があふれ、世論もそれに染まっているように見えます。しかし実際はどうなのか、私たちは冷静に見る必要があると思います。

 (その1)は、なぜこの問題が起きたのか、ということについて。中国漁船が尖閣諸島周辺で操業するのは、珍しいことではありません。これまでは事件にならなかったことが、なぜ今回は事件になったのでしょうか? それ以前と何が変わったのでしょうか?

(1)中国漁船は、本当に領海侵犯したと言えるのか──日中漁業協定での扱い
 この問題は、尖閣諸島周辺での漁船の操業を巡る問題です。日中間には「日中漁業協定」が結ばれています。1975年に結ばれ、97年に改訂(発効は2000年)されました。
 75年の旧協定では、@巡視船などによる操業ルール違反の取締りは自国船に対してのみ可能、A締結国の巡視船等が他方の締結国の操業ルール違反を発見した時は、違反事実を他方の締結国に通知し、通知を受けた国が自国船を取り締まる、と規定されています。尖閣諸島は、厳密にはこの協定域に含まれないのですが、協定の精神としては、日中両国とも、自国の船のみを取り締まり、相手国の船については、その国に通知することになっています。
「1 いずれの一方の締約国も,自国の機船がこの協定の附属書Iの規定を誠実に遵守することを確保するため及び違反事件の発生を防止するため,自国の機船に対して適切な指導及び監督を行い,並びに違反事件を処理する。
2 いずれの一方の締約国も,他方の締約国に対し,当該地方の締約国の機船がこの協定の附属書Iの規定に違反した事実及び状況を通報することができる。当該他方の締約国は,当該一方の締約国に対し,違反事件の処理の結果を速やかに通報する。」

 国連海洋法条約によって排他的経済水域(EEZ)の設定が必要になったのを受けて改訂された97年の新協定でも、北緯27度以南では、従来通り双方が自国漁船のみを取り締まることになっています(図)。尖閣諸島はこの海域に含まれます。漁業協定は領海内には適用外ですが、(日本が領海と主張する)尖閣諸島周辺にも事実上準用されてきました。中国漁船が尖閣諸島周辺に現れても、追い払うだけで実力行使はしてこなかったのです。
「各締約国は、当該水域において漁獲を行う他方の締約国の国民及び漁船に対し、取締りその他の措置をとらない。 ただし、一方の締約国は、他方の締約国の国民及び漁船が第十一条の規定に基づいて設置される日中漁業共同 委員会が決定する操業についての規制に違反していることを発見した場合には、その事実につき当該国民及び漁船の注意を喚起するとともに、当該他方の締約国に対し、その事実及び関連する状況を通報することができる。」

※地図は東京新聞「こちら特報部」11月2日付朝刊「尖閣問題棚上げ 漁業協定が背景/中国 予想外の拘束問題視」より
日中漁業協定(1975年 東京大学東洋文化研究所 日中関係資料集)
日中漁業協定(外務省)

(2)なぜ漁業協定であいまいな扱いになっているのか──尖閣諸島の領有権の問題は「棚上げ」することで日中両政府が合意
 ではなぜ、尖閣諸島周辺の海域は、日中漁業協定でこのようなあいまいな扱いになっているのでしょうか? それは、尖閣諸島の領有権の問題は「棚上げ」することで日中両政府が合意しているからです。
日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明(外務省)

 日本と中国は、1972年に国交を回復しました。その際出された日中共同声明では、「台湾は中国の一部とする中国政府の主張を、日本が理解し尊重する」とする一方、尖閣諸島については触れられていません。これについては、
 田中角栄首相 尖閣諸島についてどう思うか? 私のところに、いろいろ言ってくる人がいる。
 周恩来首相 尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。
という会話が両首相間で交わされ、どちらの領土とも明記しない、すなわち「棚上げ」という扱いになったのです。
田中総理・周恩来総理会談記録(東京大学東洋文化研究所 日中関係資料集)

 さらに、1978年に日中平和友好条約が締結された際にも、「棚上げ」することが再確認されています。中国のケ小平副総理は、日本記者クラブでの会見で、次のように述べました。
 尖閣諸島を中国では釣魚島と呼ぶ。名前からして違う。確かに尖閣諸島の領有問題については中日間双方に食い違いがある。国交正常化の際、両国はこれに触れないと約束した。今回、平和友好条約交渉でも同じように触れないことで一致した。中国人の知恵からしてこういう方法しか考えられない、というのは、この問題に触れるとはっきり言えなくなる。こういう問題は一時棚上げしても構わない、次の世代は我々より、もっと知恵があるだろう。皆が受け入れられるいい解決方法を見出せるだろう。

『尖閣列島・釣魚島問題をどう見るか――試される21世紀に生きるわれわれの英知』(村田忠禧著 隣人新書)より。詳しくは『日中関係基本資料集 1949年−1997年』(霞山会発行 527頁) を参照。

(3)自民党政権でも「棚上げ」は維持されてきた
 そして、自民党政権も、「尖閣諸島は日本固有の領土」という主張は掲げつつも、中国政府との「棚上げ」合意を守ってきました。尖閣諸島周辺の中国船には、(1)に書いたとおり柔軟に対応してきました。2004年に中国人が尖閣諸島の魚釣島に上陸した時も、小泉政権は逮捕後ただちに「国外退去処分」としました。

 今回の中国漁船も、「棚上げ」合意に基づく日中漁業協定の運用の枠内で操業していたと考えられます。しかしながら、日本政府と海上保安庁は、中国漁船を追いかけ、回り込んで行く手を阻み、船長を逮捕して日本の国内法を使って裁こうとしました。こうした対応は、明らかに@とAの合意を破るものです。そのために、中国政府は驚き、激しく反発したのです。事件を引き起こしたのは、日本側の対応の変化なのです。
 再度「棚上げ」合意に立ち返らなければなりません。その上で、最終的な解決は、関係国の平和的な交渉により実現すべきことです。

2011年2月8日
リブ・イン・ピース☆9+25


シリーズ「尖閣諸島問題」をどう見るか ──歴史的経緯を中心に
(はじめに)「領土ナショナリズム」と粘り強く闘おう
(その1)なぜ「尖閣諸島問題」が起きたのか
(その2)日本政府による「尖閣諸島は日本固有の領土」という主張は真実か
(その3)日本は、敗戦で尖閣諸島を放棄しなかったのか
(その4)「棚上げ」合意のもう一つの重大な意味