[シリーズ]沖縄にも、大阪にも、どこにも米軍基地はいらない(その4)
日本政府による米海兵隊引き留めの衝動は、対中・対北朝鮮軍事対決の維持・強化

 本シリーズはこれまで、沖縄駐留海兵隊のグアム全面移転が明らかにされたことによって辺野古新基地建設を強行する根拠が崩れたこと(その1)、「沖縄ジュゴン訴訟」の判決によって、米政府・軍が辺野古新基地建設の許可を出せない状態に陥っていること(その2)、そして海兵隊の沖縄駐留にこだわったのは米の都合というよりも日本政府の側であったこと(その3)を取り上げてきました。(その4)では、日本政府が対中国・対北朝鮮の有事対応のために沖縄への米軍駐留を望み世論誘導をしてきた事実と、マスメディアの責任を問題にしたいと思います。

小泉政権が喧伝した「有事のために米軍が必要」
 2004年〜05年にかけて、在沖縄海兵隊の削減とそのグアム移転が問題となりました。そのときに、なぜ海兵隊の実戦部隊が残留の対象となり、第3海兵機動展開部隊、第3海兵師団等の司令部だけのグアム移転が決まったのでしょうか。
 日本国内の報道では、もっぱら米国の都合=「戦略的意義」からそうなったとされていましたが、実は米国は司令部だけではなく実戦部隊も含めてグアム移転を行う方向で検討していたのに、日本政府がそれをおしとどめる方向で対応していたということが明らかになってきているのです。そこには、海兵隊移転・グアム拠点化を基本方針とする米軍の意向に対して、在日米軍の駐留を継続して、対中・対朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)軍事対決を維持・強化しようという日本政府の意図が深く絡んでいます。つまり日本政府は、在沖縄海兵隊が、台湾海峡危機、朝鮮半島危機、対中国紛争を視野に入れた「島嶼防衛」や「ゲリラ戦」という対中・対北朝鮮軍事対決路線にとって不可欠だと考えたからです。前回も引用した下河辺メモ(2003年)に以下のような会話が出てきます。

下河辺:(移設先がまだ決まらないのは)普天間を移転する前に、もう、撤去するっていう議論がまともに出てきたからじゃないすか。
・・・
江上:普天間から撤去するというのは、海兵隊がですか。
・・・
下河辺:だから、アメリカにすりゃあ、グアムに移す方が、よっぽど、合理的かもしれない。
江上:そうですね。海兵隊のグアム移転は前から話が出ていますね。でもやはり米軍としては、対中国との関係で沖縄に置いといたほうがいいんじゃないでしょうか。
下河辺:(米軍は)対中国との関係で、いらなくなったって見ているわけです。
江上:いらなくなったんですか。それは中国との緊張関係がなくなってきたから、ということですか。
下河辺:(米と中国は)軍事協定するんじゃないすか。もう間もなく。
江上:そうですか。そうすると、確かに沖縄の基地の重要性は減少しますね。
下河辺:沖縄は朝鮮と台湾のために、置いてあったようなもんだから、朝鮮の問題も台湾の問題も、ほぼ終わっちゃうんじゃないすかね。
江上:そうなると、もう沖縄に米軍基地がある必然性はなくなりますね。
下河辺:だから、小泉さんは慌てて、有事のために米軍が必要なんてことを積極的にしゃべっているわけ。
江上:あ、そうですか。小泉さんの方は一所懸命、米軍の引止め策にかかっているんですか(笑)。
下河辺:海兵隊に会うと、もう有事なんて言っている時代じゃないって言っていますよね。
・・・
下河辺:北朝鮮が攻めてくるわけはないし。
・・・
江上:台湾と中国の関係が荒れることなく治まれば、沖縄の周囲の危険性は大幅に緩和されます。
下河辺:いやあ、もう、治まったんですよ。
・・・
江上:なるほど。そうすると近いうちに、沖縄の基地が大幅に縮小撤去される可能性が十分出てくるんですか。
下河辺:出てきますね。
江上:そうですか。でも、小泉さんが有事だ、有事だ、と言っている限りだめなんだ(笑)。
・・・アメリカに対して有事のために米軍が必要だということを、小泉さんが言い続ける限りにおいては。
・・・
下河辺:アメリカに言ったって、どうしようもないでしょ。そんな有事なんかありませんって言うだけでしょ。
・・・それは小泉さんも知っているから、アメリカには言わないんじゃないすか。
・・・日本の憲法と自衛隊との関係でだけ、言うんじゃないすか。

下河辺淳氏オーラルヒストリー(琉球大学学術リポジトリ)

 これを読むと、小泉政権が、海兵隊移転の動きに「慌て」、対中・対北朝鮮対決のために米海兵隊を沖縄に引き留めようと画策し、「有事のために米軍が必要」と喧伝し、「一所懸命、米軍の引止め策にかかってい」たことがわかります。
 日本政府は、2004年6月に武力攻撃事態法、国民保護法などの一連の有事立法を成立させ、「戦争国家作り」へ大きく舵を切りました。そして同年12月の「新防衛大綱」で初めて、「中国の脅威」に言及し、在沖・在日米軍基地を総動員して中国を牽制することを打ち出しています。事実上中国を「仮想敵」に据え、軍拡で対抗しようとしたのです。このような「中国の脅威」の異例の記述は、以上でみた米軍再編、普天間問題も大きく関わっていた事になります。
ところが、本シリーズ(その3)で明らかにしたように、東京新聞の10/30付特報記事は、下河辺淳氏オーラルヒストリーを引用するに当たって、45メートルから1000メートルに至った「基地利権」については言及しましたが、小泉政権が有事法制がらみで海兵隊引き留め工作をおこなったことについては全くふれていません。それは「本土」のマスメディアが、対北・対中国敵視政策を翼賛的にあおっていることと無縁ではないでしょう。
新「防衛大綱」「中期防」閣議決定批判:シリーズその1(署名事務局)

対北朝鮮・対中国敵視政策と一体の「抑止力論」
 以下は、宜野湾市ホームページに掲載された、拓殖大学川上高司氏の参議院外交防衛委員会参考人質疑(2009年5月12日)です。ここでは、対北朝鮮、対中国の軍事対決のために海兵隊の駐留を望む支配層の意図を見事に語っています。
「普天間基地のグァム移転の可能性について」(宜野湾市のホームページ)

川上高司:普天間基地には、ヘリ基地機能、それから空中給油の機能、緊急時の代替基地の機能の三つの機能があるわけですが、このうち、ヘリ基地機能、緊急時の代替基地機能は、大浦湾からキャンプ・シュワブ南岸部地域の代替施設に移転されます。・・・次に、抑止力の維持という観点から申し上げます。これは、なぜ実戦部隊の第31海兵遠征隊、31MEUが残されたかということに対する答えになります。31MEUの想定される任務は、朝鮮半島危機、台湾海峡への抑止と初動対応、対テロ作戦の実施、災害救助、民間人救出作戦などが考えられるわけであります。・・・・朝鮮半島有事や台湾海峡有事の際の邦人救出作戦・・・
※この31MEUの沖縄残留問題に対して伊波市長は「沖縄海兵隊の実戦投入部隊である第31海兵遠征部隊(31MEU)を沖縄に残すことは困難ではないかと思う」とし、以下のように評価しています。「・・・今回の沖縄からのグアムへの海兵隊の移転は、第3海兵機動展開部隊、第3海兵師団、第1海兵航空団、第3海兵兵站群、第3海兵遠征司令部群など、沖縄の主要な海兵隊要素の全体としてのグアム移転であり、その隷下の部隊から選抜して編成する第3海兵遠征旅団や第31海兵遠征隊は、当然にグアムにおいて編成されて、アプラ軍港からエセックス、ジュノー、ジャマンタウン、フォートマックヘンリーに乗り込むことになると思う。」

 31MEUの沖縄残留問題をここで詳しく検証することはできませんが、今問題にしたいのは、川上氏が「抑止力の維持」の観点から実践投入部隊沖縄残留の必要性を説いており、その抑止力とは「朝鮮半島危機、台湾海峡への抑止」を意味しているということです。
日本支配層の軍事エリートとも言うべき部分、すなわち自民党・民主党の防衛族や自衛隊制服組、防衛省や外務省の多数を占める好戦的官僚グループ、これらを代弁する保守論壇は、ここ数年、「中国脅威論」を、米国防総省のそれを超えて煽ってきました。彼らは、すでにブッシュ政権後半に、米国と日本との間での北朝鮮に対する「脅威認識の違い」に神経質になっていましたが、ここへきて「米中共同覇権」(2007年2月の『第二次アーミテージ報告』)が現実に進展していくことを恐れ、対中関係での「日米間の安全保障利益の乖離」に警戒感を持ち始めているのです。
ブリーフィング・メモ「新アーミテージ・レポート−望ましいアジア地域秩序の構築と中国への対応」(防衛研究所ニュース)

 米国にとっては、対中国、台湾海峡危機対処の戦略的重要性も低下しています。「積極的関与」(engagement)政策と呼ばれる従来の米国の対中国政策はクリントン、ブッシュの両政権で引き継がれ、中国を「責任ある利益共有者」として扱う一方で、日米、米韓など2国間同盟によって中国を牽制する二重政策が採用されてきました。しかしオバマ政権は、明らかに歴代米政権とは異なる新中国政策をとろうとしています。中国には「責任ある役割」を果たすよう求めながら、「中国を封じ込めない」と明言し、封じ込め放棄を保証したのです。(「戦略的保証(strategic reassurance)政策)
 また、北朝鮮に対する軍事外交関係についても、核開発阻止とNPT体制維持の観点から表面上は急速に改善するメドは立っていませんが、中長期的には、政治的には米特使派遣や「六ヵ国協議」重視で対処し、軍事的には韓国の軍事力や在日米軍の即応体制を重視しています。もちろんこのような朝鮮半島対応は緊張を高めるものであり決して許されるものではありませんが、実践投入部隊としての沖縄海兵隊の残留の根拠をなくしているのです。
オバマ米大統領の訪中、さらなる米中「蜜月」?(Searchina)

またも繰り返されるでっち上げ報道。メディアは真実を伝えるべき
 政府筋が米の意向をおしはかり、「米が激怒」「強い懸念」などと御用メディアが大々的に報じ、世論誘導していくという体質は自民党時代から全く変わっていません。それどころか鳩山政権でエスカレートさえしています。つい最近藤崎駐米大使は記者会見まで開いて「12月21日にクリントン米国務長官に呼び出され、普天間問題で現行計画の履行を強く迫られた」などと語りましたが、それが過大報道どころか全くのでっち上げであったことが米政府自身の言葉で暴露されています。藤崎氏は自分の方から出向いて普天間問題について話をしたにもかかわらず、「現行通りの決着を迫る米国」を強く印象づけるために、呼び出されてつるし上げられたかのようにねつ造したのです。それをマスメディアは何の裏付けもしないまま垂れ流したのです。
 12月4日に行われた日米閣僚級作業部会のやりとりについて、産経新聞が報じた「ルース大使が『顔を真っ赤にする』『怒鳴り上げる』」という事実も悪質な創作であったことが暴露されています。
 マスメディアからは、このようなでっち上げ報道についての検証も反省も全くありません。
米国務次官補:大使「呼び出し」報道を否定(毎日新聞)
普天間見直しに強い懸念=異例の大使呼び出し−米国務長官(時事通信)
米国務長官の駐米大使呼び出し「異常な光景」 国民新・下地政調会長が日米関係に危機感(産経新聞)
普天間移設 現行計画履行を要求 米国務長官異例の大使呼び出し(東京新聞)
米大使激怒「顔を真っ赤に大声」 岡田外相「産経報道は創作」(J-CAST)

 さらに鳩山首相は12月26日のラジオ番組の収録で、普天間飛行場移設問題について「抑止力の観点からしてグアムにすべて移設させることは無理がある」と述べたと伝えられています。鳩山首相はここでも「抑止力」という、あたかも「米戦略上の必要」であるかのような言い回しでグアム全面移転を否定しているのです。しかも「ロードマップ」(2006年5月)に盛り込まれた在沖縄米海兵隊8000人の移設に言及し「それ以上はなかなか難しい」と語っています。
 しかし、この間明らかになってきたのは以下のことです。
−−ロードマップでグアムに移転するとされてきた8000人は司令部だけでなく戦闘部隊も含んでいること、「約8000名の第3海兵機動展開部隊の要員と、その家族約9000名は、部隊の一体性を維持するような形で2014年までに沖縄からグアムに移転する」(ロードマップ)との記述。
−−これが米太平洋軍司令部が作成した「グアム統合軍事開発計画」(2006年7月)ではさらに具体化され、「最大67機の回転翼機と9機の特別作戦機」など普天間飛行場の海兵隊へリ部隊の移転として記述されていること。
−−在沖縄海兵隊の移転が司令部、ヘリ部隊、地上戦闘部隊や迫撃砲部隊、補給部隊までをも含むものであること(「グアム移転に関する環境影響評価:ドラフト」2009年11月20日)。ここでは、約8000人は8600人とされ、移転部隊がより詳しくなっています。
 従って鳩山首相は「8000人以上はなかなか難しい」ことが、辺野古新基地建設や「県内・国内移転」の根拠になるかのように語っていますが、それは事実のねじ曲げです。また、「抑止力」を持ち出してグアム移転を否定するのは、自民党政権時代からの対北朝鮮・対中国敵視政策継続立場からの米海兵隊必要論であるだけでなく、伊波宜野湾市長が明らかにした事実、「グアム統合軍事開発計画」(2006年7月)以降の動きを全く無視したものであると言わなければなりません。

 しかし私たちは、危険なのは鳩山首相の発言だけでなく、以上のような検証も何もせずに、「グアム移転は無理」「米戦略上必要」などと煽って、世論誘導しようとしているマスメディアであると考えます。そもそも宜野湾市の伊波市長が国会内で記者会見までして明らかにした「グアム全面移転」の中身は、本土のマスメディアではほとんど全く報じられていません。そのような状況で、鳩山首相や岡田外相の発言の切れ端だけがセンセーショナルに伝えられているのです。
 マスメディアは、事実を検証し、真実を報道するという原点に立ち返るべきです。
首相、グアムを否定 普天間移設先 『抑止力の観点から無理』(東京新聞)

2009年12月27日
リブ・イン・ピース☆9+25

[シリーズ]沖縄にも、大阪にも、どこにも米軍基地はいらない
(その1)海兵隊のグアム全面移転で、普天間の代替地としての辺野古新基地は必要ない
(その2)辺野古新基地建設は米国文化財保護法に違反しており、米政府・軍は許可を出せない
(その3)辺野古新基地建設計画と海兵隊駐留にこだわった日本政府