先生の声を聞く――橋下「教育改革」では教育現場は破壊される
2/26「教育基本条例は何をもたらすか」集会報告
  
 2月26日、大阪市内で講演会&パネルディスカッション「教育基本条例は何をもたらすか 〜東京と大阪の教育現場から〜」を「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソンとリブ・イン・ピース☆9+25の共催で行いました。橋下氏の「教育改革」に危機感をもつ約100人の人たちが参加しました。
 第一部は、元東京都立高校校長渡部謙一さんの「東京から大阪へ / 東京の「教育改革」は何をもたらしたのか」と題した講演。第二部は、大阪の小中高の教職員によるパネルディスカッションでした。

 渡部さんの話は、校長最後の年に一人の教員に「日の丸・君が代」起立斉唱の職務命令を出さなければならなかったことへの「贖罪」から始まりました。
 校長(=管理職)というと、教育委員会と一体となって教職員を締め付けるというイメージがありますが、渡部さんの話によって、その先入観が次々と覆されていきました。石原都政における教育委員会というのは校長を全く信じていないというのです。なぜなら、校長はなんといっても元教員であり、教育のことを知っている。だから「改革」をやろうとしても、結局は教職員を守ろうとするから、というのです。そこで「改革」の名において「学校のことも教育のことも何も知りません」と豪語する“素人”が教育委員会の中枢に据えられたのです。
 以前の東京都の高校は、今では考えられないような自由な空気に満ちていました。そもそも文部省の基本方針が学校や教員の自主性を重んじるというものでした。各学校では自治と裁量が認められ、全職員の協働と主体性を重視した学校運営がおこなわれていました。また、教員の自主研修が奨励され、週に1度の「研修日」が保障され、長期間の研修もおこなわれていました。
 しかし、渡部さんが教頭に就任した1995年からの10年で、学校現場は大きく変わりました。それは「学校から教育の言葉が奪われていく過程」でした。第一段階は「議会の圧力から行政による学校支配」、第二段階は「政治による教育の直接支配」がおこなわれ、反論や異論(多様な民意)は徹底して排除されていきました。
 大規模な統廃合によって、最も手厚い手当をすべき定時制や支援学校が切り捨てられていきました。「学区撤廃」と「学校選択制」が実施され、「学力テスト」の公表がおこなわれました。それで生み出されたものは単なる上下の序列化ではありません。序列の枠内にすら入れず、そこからはじき飛ばされ周辺に追いやられる子どもたちが出てきたのです。

 渡部さんは、決して校長は教育的力量が優れているから校長になるのではないと言います。それぞれの教員には校長よりも優れた教育実践をおこなっている人がたくさんいると。校長の役割とは、それぞれの教職員の教育実践を全体の中で位置づけ、支え励ましていくこと、協働をつくりだしていくことだと言います。しかし、現在おこなわれている人事制度――校長の学校経営計画に即しているかどうかで判断――は、個々の教職員の独創性や意欲的な取り組みを認めず、教育内容を校長の教育力量内に押し込んでしまいます。
 学校組織の細かな職階制とそれによる上下関係の徹底(校長を「統括校長」と「校長」に分割、教諭を「主任教諭」と「教諭」に分割など。入学式では「担任は主任教諭○○」などと紹介するので、生徒や保護者に与える悪影響は計り知れない)、職員会議の伝達機関化、人事考課制度、単に「日の丸・君が代」が強制されるだけでなく式次第や席の配置まで事細かに指示される卒・入学式など、ありとあらゆる形で学校支配が強化され、考える自由、教育をする自由が教員から奪われていく様子が伝わってきました。
 校長や教員から自由に発言し教育し行動する自由を奪うことは、子どもから教育の権利を奪うことであり学校教育を破壊することです。
 「管理するとは諦めさせること」だと。だからこそ、私達は諦めることなく、「教育のことば」を語り続けていきたい、と渡部さんは力強く訴えました。

 後半のパネルディスカッションでは、大阪の小中高の教員がそれぞれ報告をしました。
 小学校教員パネラーは以下のような話をしました。大阪では就学援助率が6割にも上る地域があり、家庭の状況によって朝ご飯どころか晩ご飯さえ食べられない子どもたちがいる。朝コンビニで缶コーヒーを買うついでにおにぎりを買っていって食べさせてやったり、保護者の了解を得て家に晩ご飯を作りに行ったり。そんなことは大阪では特殊なことではない。そういう貧困の子どもたちに寄り添いクラスの仲間とともに勉強できる状況を何とかするために教員は奮闘している。教育基本条例ができると競争があおられ、そういう子どもたちが切り捨てられていくことに危機感をもっている。
 中学校教員パネラーは、「しんどい子をクラスの中心に据える」というクラス運営の基本を語り、子どもたちの自主性を大事にし、子どもたちの成長から学ばせられているという話をしました。校内の合唱コンクールで、生徒たちが支援学級の子どもを自分たちで温かく迎え入れ、合唱を作っていった経緯などを話しました。生徒たち自身が「問題を起こさない学級がいい学級ではない。問題が起こっても自分達で解決できる学級がいい学級だ」という自信をもっていったといいます。学力偏重や競争・競争と煽るのではなく、学級作り、クラス作りの重要性を訴えました。
 高校教員パネラーは、橋下府政のもとで、予算を使って高校毎に過酷な競争があおられている実態を批判しました。校長たちが自校に予算をとるために、企画を練りプレゼンテーションを競わされ、子どもそっちのけで予算獲得競争に駆り立てられているのです。家庭の事情でしんどい子どもにていねいに寄り添って、子どもたちを支えていける、そのような教員間の協働の関係がこれまでは築かれてきたが、競争と評価によって学校からそれが奪われていくことを懸念していました。
 これに応えて渡部さんは、日本の教員は世界一働いている、欧米のように教科を教えたらおわりというのではなく、家庭状況もまる抱え、放課後や土日もクラブの指導等子どものために奔走している、そういう現場でがんばっている教員を悪者にしてどうして教育改革ができるんだと怒りを込めて語りました。渡部さんは教員と教育活動に対する信頼にあふれていて、あくまでも教育の現場から出発し、それを市民らが理解し支えてほしいと訴えました。

会場からは、やはり教育現場のことは市民に知られておらず、このような教員の熱心な取り組みもわからず「教員バッシング」が煽られている、もっと発信していく必要がある、という意見もありました。
 81歳と82歳の元教員の方の発言が続きました。橋下の教育改革にはらわたが煮えくりかえり、なんとしても止めさせなければならない、そんな思いで「老体にムチ打って参加しました」と訴えられていました。
 保護者からは、保護者がどんなかたちで関わっていったらいいのか距離感をつかみかねる、もっと関わらなければならないとは思うけれど、という質問もありました。
 これに対して高校教員パネラーは、“クレームも含めて、大事と思ったことはどんどん言ってもらったらいい、一番影響を受けるのはなんと言っても子どもなのだから”と答えました。保護者、生徒・児童、教員、学校が信頼関係を築くため、風通しをよくし、対話をもっとしていくのがいいと思いました。
 渡部さんは、東京で問題になっている「君が代」強制も大阪で問題になることになる、しかし職務命令を出しただけでは強制はできない、教育委員会はそれが実施されているか事細かに点検しなければならない、そこに矛盾があり、闘いの余地もあると言われていました。そしてあきらめてはならない、小さな取り組みでもあきらめずにやっていこうと締めくくりました。

 「危機が去ったあとで希望が出てくるわけではない。危機がなかった時代などない、危機の中にこそ、危機との闘争の中にこそ希望がある。危機とは彼らの危機である。」という渡部さんの言葉を心に抱き、教職員と市民との連携を強め、拡大していく活動を継続していくことが必要だと思いました。

 渡部謙一さんの話、そして小中高の教員の話や会場との質疑応答など、ここでは全部書ききれません。ひとつひとつが橋下「教育改革」の問題点をあぶり出していました。集会録を早急につくり、あらためてみなさんにお知らせし、橋下「教育改革」では学校教育現場は破壊されることを、肉声として伝えられるようにしたいと思います。

 今後もこのような取り組みを続けていきたいと考えていますので、みなさんのお力添えをお願いいたします。

2012年2月29日
リブ・イン・ピース☆9+25

<アンケートに寄せられた声>
<[講演録]教育基本条例は何をもたらすか 〜東京と大阪の教育現場から〜>


集会参加者全員で確認した橋下市長への要望書です。

[橋下大阪市長への要望書]
職員アンケートは「凍結」ではなく全面撤回、破棄してください

 橋下大阪市長が2月9日から16日にかけて全職員3万5000人を対象に強行実施したアンケート調査は、憲法で保障された労働者の団結権を踏みにじり、労働組合を萎縮させ締め付けつぶしてしまおうという全く許し難い暴挙です。実施直後から大阪市労連はじめ、多くの労働組合、弁護士・法律家団体、市民団体から抗議の声があがりました。
 22日には大阪府労働委員会が「不当労働行為の恐れ」として市労連の救済申し立てを受け、中断するよう仮処分を出しています。しかしながらいまだ「凍結」されただけでアンケートそのものは撤回されていません。橋下氏は、府労働委員会の仮処分に対して「法に抵触しないと思っている」と開き直り、強硬姿勢を崩していません。
 全職員に対して組合や政治活動との関係、突き詰めれば交友関係や思想信条を業務命令として強制的に書かせ、拒否したり「真実」を書かない者は処罰を加え、「自らの違法行為」を告白した者は懲戒処分を軽減するという「自白」規定さえある職員アンケート調査は、常軌を逸しています。最後には「情報提供」のための<通報窓口>さえ記載されているという異常さです。職員間の不信や疑心暗鬼を増幅し、えん罪さえ生み出しかねない危うさを持っています。
 アンケートは日本国憲法を蹂躙するものであり、労働基本権の侵害です。公務員労働組合の活動どころか存在そのものを否定するものです。市職員個人の思想や政治信条を権力に告白させるという言語道断の「思想調査」であり、憲法第19条の思想信条の自由を侵すものです。
今回の攻撃は、当該の公務員労働組合だけでなく、労働者一人一人への攻撃であり、この社会に住むすべての人にかけられた攻撃です。なぜなら組合がなくなれば、不当労働行為や人権侵害も含めて、正常に働き日常生活を送るということが守れない社会を作り出すことになるからです。
 この調査では、大阪市職員のみならず、政治活動・選挙活動にかかわった人全て、大阪市民や府民、全国民までもが調査対象となっています。このような違憲・違法の思想調査は前代未聞です。
橋下氏は人事権を使って就任早々「反橋下幹部」に対して報復人事を断行し、自らに批判的な発言をした職員に対して反省文を書かせるなど、恐怖政治を進めてきました。議場では「日の丸」への敬礼、学校での道徳教育の実地調査、全くの私事である教員・職員の子どもの進学先調査、職員メールチェックの強行など、市長の権力をつかって横暴をエスカレートしています。
 職員基本条例、教育関連2条例、「君が代」起立強制条例もその一環です。橋下氏はことあるごとに「踏み絵」を踏ませ、密告を奨励し、「反橋下の異端者」をあぶり出し、教育現場から、職場から、地域から、自らの意に沿わないもの、抵抗する者を一掃しようとしてしているのです。労働者や社会的弱者に対する憎悪をむき出しにし、およそ人間的なもの、民主的なものを敵視しています。これが民意と言うのでしょうか。決して許されることではありません。
 こんなことが続くとどうなるでしょう。「橋下氏に逆らうと何をされるかわからない」と職員や市民は自由な会話や日常生活さえ封じ込められてしまいます。これこそが橋下氏の狙いであるとするならば、それは監視社会、隣組、ファシズム的な言論圧殺、スパイ・密告奨励の専制政治そのものであり、物言えぬ社会という市民社会の危機を意味します。
 職員アンケートは「凍結」でなく全面撤回すべきです。橋下氏は市民と職員に対して謝罪すべきです。回収した調査表は今すぐ破棄すべきです。組合つぶし、懲罰と制裁、思想調査による「異端」のあぶり出し、人権侵害、密告政治をやめるべきです。

2012年2月26日
「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソン
リブ・イン・ピース☆9+25