イラク戦争開戦6周年 「対テロ戦争」を批判するシリーズ(その3)
[番組紹介]NHKスペシャル「菜の花畑の笑顔と銃弾」
伊藤和也さんが命を懸けて伝えたこと
(NHK 総合テレビ 2009年2月23日放送 2009年2月26日再放送)

 とにかく米軍の増派はやめて欲しい。戦乱でアフガニスタンの人々をこれ以上苦しめないで欲しい。ペシャワール会はじめ現地ワーカーのために、自衛隊は米軍の侵略に協力しないで欲しい。アフガニスタンの人たちに本当に必要なのは軍隊ではない。水と食糧だ。農地を耕し収穫することができる平和だ。この番組を見るとそんな思いが次々にあふれてくる。オバマ米大統領が表明した追加配備の1万7千人の米軍がやってくる前に何とか仕事を仕上げなければならないと、ひたすらシャベルカーを操縦する中村哲医師の姿が特に印象的だ。「対テロ戦争」が本格的にアフガニスタンへ移行しようとしてるこの時期に、この番組が放映されたことの意味は大きい。米軍の増派方針も、日本での新テロ特措法による給油活動の継続やISAF議論もいかにアフガニスタンの実態からかけ離れていることか。番組を通して、伊藤和也さんが命を懸けて伝えようとしたことを考えてみたい。

伊藤さんが遺した3000枚の写真の重み
 ペシャワール会の伊藤和也さんがアフガニスタンで殺害されて半年になる。伊藤さんは3000枚の写真とメールによる現地報告を遺した。写真には現地の人々と共に格闘した用水路建設、農作業の苦闘、地元の食事に招かれ共に談笑する姿、そして緑が戻った大地で一面の菜の花を駆けめぐる子どもたちの笑顔。未曽有の干ばつに苦しむアフガニスタンで伊藤さんの援助活動はどのように受け継がれているのであろうか。伊藤さんの軌跡を求めてアフガニスタン現地にカメラが入った。
 ダラエヌール渓谷の村の雑貨屋に伊藤さんの写真が「日本のヒーロー」として飾られていた。5年前、伊藤さんがやって来たとき、そこは乾き切った大地だった。最初、伊藤さんは用水路建設の現場監督として1年間働いた。現在は、中村哲医師が1人残り用水路の建設を急いでいる。オバマが米大統領となり、アフガニスタンへの1万7千人の増派が治安の悪化をもたらすであろうことを現地は懸念していた。水があれば砂漠を農地に変え、飢えと争いを無くすことができる。干ばつで農地を失いゲリラになっていた農民たちは工事に参加していた。一見強面の元兵士たち、けれども誰もが水が来て農業を再開できる日を待ち望んでいた。みな優しく柔和な表情で、ときおり笑みがこぼれる。用水路ができて、昔、砂漠だった土地が緑の大地に変わった。
 「昔、この村には水も緑もなく鳥さえ死んで落ちていった。水が来たおかげで今は緑が広がっているよ」と老人は感慨深げに言った。 

被写体は農作物から子どもたちへ
 用水路の最初の2キロが完成し、伊藤さんは試験農場に赴任した。乾燥地に強い作物を求めて苦闘した。最初の頃、日本のお茶の栽培に挑戦した。干ばつに苦しむ農民は、乾燥地でも育つケシ作りに頼っていた。ケシはアヘンの原料となり、軍閥や武装集団の資金源となる。戦乱の火種を断つため、お茶作りで農民を自立させることを目指した。
 現地での農業は日本で学んだものとは全く違った。40度を超える気温、乏しい水、機械や農薬にも頼れない。厳しい日照りや悪天候、病気や害虫、作物が次々と枯れる中、伊藤さんはぼう然とするばかりだったという。
 たくさんの写真を撮り始めたのは、農業の記録としてだった。子どもたちはカメラに興味を持った。「撮って」。伊藤さんは子どもたちの求めに応じ写真を撮ってあげた。初めは遠巻きに見ていた子どもたち。カメラが距離を縮めた。作物ばかりだった写真は、子どもたちの写真に変わっていった。伊藤さんのまわりにいつも子どもたちが集まるようになるとそれを見ていた親たちも心を開いた。その後、伊藤さんはサツマイモの栽培で苦闘する。日本の戦後の食糧難を支えたサツマイモ、乾燥地にも強いサツマイモをアフガニスタンで栽培できれば、ケシに代わる作物となる。菜の花はサツマイモには天然の肥料だった。

必要なのは水と食糧、そして農業。 軍隊ではない
 この頃、アメリカは兵力をさらに4千人増やした。アフガニスタンに駐留する外国軍の総兵力は4万人を超えた。しかし、抵抗する反撃は強まり、自爆攻撃も相次いだ。米軍などに無差別に殺された市民の遺族が復讐に立ち上がっていたのである。日本では、自衛隊の給油活動の継続を巡り、国会が紛糾、安倍首相の辞任もあった。これまで日本に好感を持っていた村人たちは、自衛隊が米軍と協力関係だと知り、複雑な思いを持つ。
 モハマド・アジャンさんは言う、「武力で押さえようとするほど戦争はひどくなる。アメリカだって勝てない。日本の軍隊がやってくれば今度は日本人が攻撃の的になるよ。」
 伊藤さんたちは車に付けていた日の丸のマークを安全のため消すことにした。  
 この年、伊藤さんのパートナーとなった農家のアキル・シャーさんの助言を取り入れるなど苦労の末、サツマイモがようやくみのった。
 伊藤さんの成果を引き継ぐアキル・シャーさん。「今ではたくさんの農家がここに種芋をもらいに来るよ。」
 村人。「農作物が充分収穫できればそれでこの国のほとんどの問題は解決するんだよ。」
 2008年春、各地で米軍の攻撃による民間人の犠牲が急増していた。米軍が爆撃した民家の犠牲者、子どもを含め70人以上が亡くなった。結婚式の参列者への爆撃など犠牲が相次いだ。周辺の村人の外国人への眼差しが変わってきた。治安の悪化によって農場の閉鎖が決定された。この頃、伊藤さんは村人の求めに応じて井戸掘りを支援していた。伊藤さんは残された日々の中で、できるだけのことをしたいと現場に通っていた。カレ川の護岸工事の支援もしていた。伊藤さんが拉致されたのは工事現場に向かう途中だった。
 アメリカがアフガニスタンを攻撃して8年。今、町には仕事を求める人であふれている。戦乱と干ばつで農地を失った人々が都会になだれ込んでいる。難民となった子どもたちは一日中、食べ物を求めてさがし歩いている。戦乱の地で、火種を消すのは水と食糧だ。火に油を注ぐのは軍隊だ。この番組はその思いを強くさせるものである。

2009年3月2日
リブ・イン・ピース☆9+25 T

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