NHK ETV特集「ガザ なぜ悲劇は繰り返されるのか」は、昨年12月からイスラエル軍によって強行されたガザ大虐殺と現状を詳しく検証することで、ガザで起こっていることの意味を問う。イスラエルの政策はガザ「抹殺」であること、イスラエル国内では侵攻を支持する道徳的荒廃が広がっていること、封鎖と占領をなくさない限り問題の解決はないことなどを映像や市民のインタビューなどを通じて明らかにしている。出演は土井敏邦、古居みずえ、臼杵陽の3氏。 ガザの窒息と抹殺というイスラエルの政策転換 番組冒頭の関心は、今回の侵攻と大虐殺が従来とは比較にならないほどの大惨事をもたらしていることから、イスラエルの政策が明らかに転換したのではないかという問題提起だ。3つの事実が確認される。 まず第一。イスラエル兵が、無実の市民を殺りくしたという子ども達の痛ましい証言。白旗を揚げたり、手を挙げて出てきた市民をイスラエル兵は家族の前で容赦なく銃殺した。あえて子どもたちの前で虐殺した。子どもたちは、大きな精神的ストレスを抱え、その場面を忘れるのではなく思い出そうという行動に出ている。たとえば、殺された父親の血痕の付いた石を拾い集める男の子や、イスラエル兵のように顔を真っ黒に塗っている女の子など。古居みずえ氏は、これまで知っている被害者の行動パターンとも違っているという。それほど大きな衝撃を受けている。忘れまいとしている。 第二は、撤退開始前のわずか12時間の間に、イスラエル軍が農地や工場を破壊できる限り破壊し尽くしたというものだ。映像では、攻撃で荒廃したイチゴ畑や、完全に破壊されたセメント工場が出ていた。(もともとガザでは、輸出用の農産物の栽培や単純な工業製品の製造がされていた。ガザの封鎖は物資が来なくなるだけでなく、それらの輸出ができなくなるという重大な側面がある。) 第三に、国連施設への爆撃だ。これは、国連援助物資の人道支援や医療支援さえ許さないというイスラエルの強い意志を示しているというものだ。 仮にイスラエルが言うように、ガザ攻撃がハマスのロケット弾を封じ込めるために行われたとするならば、これらの作戦は全く必要がないものであった。とりわけ、12時間前の産業基盤の容赦ない破壊は、いかなる根拠をもってしても理解することは困難である。 全体を総合して明らかになるそのイスラエルの政策転換とは、「ガザの封じ込め」による生かさず殺さずという政策から、「ガザそのものの抹殺」を狙うという恐るべき政策への転換である。このような政策転換の指摘について、パレスチナに深く関わってきた土井、古居、臼杵の3氏が3氏とも全く違和感を持っていないことにあらためて驚かされる。 だが、このようなイスラエルの政策転換自身が、パレスチナ占領支配の行き詰まり、破綻を表すものだ。150万の住民を一地域に閉じこめて抹殺するというような政策は、絶対に貫徹できない。巨大な抵抗に遭遇するだろう。その重要なひとつが、全世界的なBDS(ボイコット、投資引き揚げ、制裁)運動の拡大である。 ハマスを支持するパレスチナ人民と、虐殺を支持するイスラエル市民 次に今回の大虐殺についてのパレスチナとイスラエルの市民たちのとらえ方である。イスラエルの侵略がハマスによるロケット攻撃に対する対抗としてやられている、ということを無批判的に前提にして話が進むのは気になるが、イスラエル人の犠牲とパレスチナの犠牲は桁違いだということは了解されている。 土井氏や古居氏は、今回のイスラエルの侵略によって、ガザ人民の怒りがハマスに向くのではないかと思ったというが、全くそのようにはならなかった。イスラエルに対する怒りが渦巻き、ハマスへの支持もむしろ高まった。「強行派ハマス」と「穏健派ファタハ」の内部抗争として描くのは問題のすり替えだという。あくまで問題はイスラエルによる占領支配と侵略である。 ハマスが支持される理由として、ハマスが運営する学校が紹介される。国連学校よりも施設は充実している。ここに通う子どもたちの95%の父親がいない。子どもたちは、「お父さんはイスラエルによって殺された。」と口々に言う。またハマスによる生活物資配給の場面も映される。このような、国連援助物資の対象にさえならないような貧しい人々への福利厚生が、ハマス支持の原動力の一つになっているようである。だが、根底には、惨事がイスラエルの占領と封鎖によってもたらされているという基本認識がある。 場面は変わって、土井氏が今回のガザ虐殺に対するイスラエル国民の反応を取材する。イスラエルのユダヤ人の94%が今回のガザ攻撃を支持したという世論調査がある。イスラエル市民は皆そろって「今回の攻撃は当然」、「遅いくらい」、「8年間のツケがたまっている、怒りが爆発したんだ」などとインタビューに答える。ここでは、一般市民と知識人の間では、ある意識の開きがあるようだ。元イスラエル軍将校ユダ・シャラールは「イスラエル社会は無感覚になり、政治的道徳的良心が薄れつつある」と指摘する。 「人間の尊厳」を奪う封鎖と占領をやめるべき 番組では2000年に始まった第二次インティファーダ以降の簡単な歴史が紹介される。抵抗闘争の拡大によって、イスラエルは入植地を維持することに対して大きな軍事的、財政的負担を感じるようになり、ついにシャロンは2005年ガザ撤退を決定した。だがパレスチナ人権センターのラジスラーニ氏は、「撤退」は陸・海・空を使った全面的な封じ込めと抵抗運動をもたらすだけであると予測した。2006年1月の評議会選挙でのハマス圧勝以降、事態はまさにそのように進んだ。 だが土井氏でさえ、2005年のシャロンのガザ撤退については期待があったという。入植地をイスラエル人が明け渡し軍が撤退することで、パレスチナ人の自治が進み、新しいものが建設されるのではないかと思ったという。しかし旧イスラエル人居住地は更地になっただけでなにも出来なかった。「我々も錯覚していた」(土井)。別の形での占領が続き、事態はより悪化したのだ。 イスラエルは、パレスチナ人民を労働力として使っていたが、労働力としても使わなくなった。そして彼らを解放するのではなく、用済みとして締め上げ、抹殺することを選択したのである。前出のラジスラーニ氏は、シャロン撤退はガザの「窒息状態」を作り出したと語る。 番組では、経済危機との関係にも言及される。経済格差が拡大する中で、イスラエルの右翼を支持しているのは、より下層の人々だという。低賃金で働かされてきたパレスチナ人との「下への競争」が、排外主義的・右翼的傾向を生み出しているのである。それは、たとえば極右政党「イスラエル我が家」の伸張となって現れている。イスラエルのファッショ化だ。 土井氏はいう、「国際法的には、占領というのは一地域が軍によって実効支配され、人々の生活がコントロールされている状態を言う。イスラエルは確かにガザからは撤退したが、封鎖という手段によって占領は継続している。封鎖と占領をやめさせなければならない。」また、臼杵氏は「イスラエルはハマスを無視するのではなく、交渉相手としてハマスを認めるべきだ」と提言し、侵略に加担してきたアメリカの役割を問題にする。 国連開発計画のガザ代表ハーレド・アブドゥルシャーフィー氏らは、「人間の尊厳」という最も根本的なところに言及し、以下のように語っている。 ──世界やイスラエルは、ガザの問題を「人道支援」の問題にしようとしている。わずかな食糧と燃料を与えれば、「国際社会」はそれを平和だと考える。だが、動物園の動物のようにエサをやったら生きていけるということではない。問題は「人間の尊厳」の回復だ。ガザの人々が要求するのは、施しによって生きるという屈辱的な生き方ではない。占領は、自分で働いて生活の糧を得て、それによって生活するという手段そのもの、生きる喜び、労働の喜び、「人間の尊厳」を奪っているのだ。 2009年5月16日 |