「海賊対策」を名目とした自衛艦ソマリア派遣に反対する(下)
海外派兵恒久法を先取りする「海賊対処法」

「国益」擁護を目的に掲げた初めての海外派遣法
 「海賊対策法」が4月23日に衆議院で強行採決され、議論の場は参院に移っている。民主党は反対しているとはいえ、争点を‘手続き問題’に矮小化している。採決には応じる構えだ。もちろん、派遣に当たって国会の事前承認をさせるかどうかは決定的に重要な問題の一つだ。しかしそれだけに解消することなど出来ない。反対世論を拡大し、なんとしても成立を阻止しよう。
海賊対処法案:衆院本会議で可決、参院に送付(毎日新聞)
海賊対処法案、衆院通過=今国会成立へ−海自活動を拡大(時事通信)

 「海賊対処法」は、海外派遣法として初めて、その目的に「日本の国益の防衛」を全面に掲げた法律である。国益のための戦争、国益のための武力による威嚇、国益のための武力の行使、これらは憲法9条が断固として禁じている。日本の「国家権益」なるものを守るために自衛隊を中東・アフリカにまで派遣し、武力行使に道を開くなど絶対に許されない。平和憲法に真っ向から敵対する。
※国益論の批判については、本シリーズ(中)で明らかにしている。
 「海賊対策」を名目とした自衛艦ソマリア派遣に反対する(中) 露骨な「国益」優先論、「海賊=人類共通の敵」論の危険(リブ・イン・ピース☆9+25)

 「海賊対処法」は、憲法9条のなし崩し的改悪、解釈改憲という点で、かつてない危険な中身をもっている。(1)任務遂行のための武器使用、(2)外国艦船も含めた武力行使による防衛、(3)派兵地域の無限定など、従来の派兵法にない全く新しい枠組みに踏み出そうとするものである。
 また、この法律では「海外派兵」を決定するにあたっては国会審議や承認など全く必要としない。イラク特措法やテロ特措法と違って、時限立法ではない。法律を一度制定してしまえば、あとは「海賊対策」名目にすれば、いつでも、どこにでも自衛隊を派兵することができる。防衛相の派遣命令だけで海外派遣が可能となる。等々。「海賊対処法」は、政府・支配層が成立をもくろむ海外派兵恒久法を事実上先取りするものである。護衛艦を海外に常駐させ、軍事行動をし続けることを最大の目的としている。こんな危険な法律を絶対に成立させてはならない。

すぐにでも武力行使と集団的自衛権行使に踏み込む危険
 現時点で私たちがもっとも危惧するのは、現在ソマリア沖にいる自衛艦の派遣の根拠が自衛隊法の「海上警護活動」から「海賊対処法」に切り替わったとたんに、すぐにでも自衛隊が「任務遂行=海賊対処」を理由にして武器使用に踏み込む危険である。そして集団的自衛権を行使してしまう危険である。
 すでに、ソマリア沖の自衛艦が、接近してきた船舶に対して大音響を発し、追い散らしたことが何度も報じられている。「海賊対処法」は、相手船を停船させるための「船体射撃」を認めている。これまで武器使用が許されるのは、正当防衛と緊急避難に限られてきた。任務遂行のための武器使用、すなわち強制的に停船させるために行う船体射撃は、憲法が禁じる「武力による威嚇」「武力の行使」そのものである。実際、自衛艦が「海賊」船と民間船舶の間に割って入る場合に、携帯型ロケットなどで攻撃されることを極度に恐れており、船体射撃が解禁されれば直ちに、砲撃によって停船を要求する危険は極めて高くなる。
 また法案は外国船の護衛も可能としている。これはそれ自体が自国船・自国人の防護を超えた集団的自衛権の行使そのものであり、米・NATO諸国の艦船と共に共同軍事行動へ踏み込んでしまう危険性を高めるものである。1月には、米軍を中心とした「海賊」対策のためのCTF151(第151合同任務部隊)が結成されている。これは、インド洋やアラビア海で「対テロ作戦」を行っていたCTF150から、「海賊」対策を行う軍事作戦部隊を分離したものである。日本の自衛艦は、米軍から発せられる軍事情報を共有し、NATOの軍艦とも共同歩調を取り、事実上CTF151の軍事作戦に協力していく危険が高まる。
Combined Task Force 151 News(米海軍ホームページ)
対ソマリア海賊 海自は多国籍軍不参加(東京新聞)

「海賊対処」から「海賊退治」共同作戦に発展する危険
 さらに私たちは、「海賊対処法」が、自衛隊の活動を「船舶護衛」から「海賊退治」へと大きくシフトしていく危険を否定することができない。現在自衛隊が「海上警護活動」でやっているのは、あくまでも船舶の護衛である。船舶護衛であれば、船団の前後を挟むように航行し、「海賊」が近づかないようにボディガードをする事だけだ。だが「海賊退治」は、特定の海域において積極的に「海賊」を捜し出し、掃討作戦をおこなう事をも意味している。「海賊対処=船舶護衛」と「海賊退治」の間には大きな飛躍がある。
 たしかに、法律案では船舶に対する「海賊」行為、及びその企てを阻止することが任務にされているだけだ。だから「海賊退治」まではできない。できるのは乗り込みの阻止行動だけだ。だが、法律が「海賊行為」を規定し、それへの刑罰を決めたということは、「海賊行為」をする者を逮捕することを前提にしているのであり、それを根拠に自衛隊が「海賊逮捕」、あるいは「海賊退治」を行う可能性を否定できないということである。つまり、現行犯ではなくても、「海賊」であるというだけで停船・逮捕・拘束の対象となってしまうのだ。
 これとの関係で国連決議1851を見てみよう。昨年12月に挙がったこの国連決議は、ソマリア海域での「海賊」行為の取り締まりだけでなく、陸上にまで各国の活動を認めている。これは極めて異常なことである。実際米軍やフランス軍が行っていることはまさに「海賊退治」=海の掃討作戦である。米軍は、「海賊」がソマリアの陸上から海上に出てきたところを「先制攻撃」する方針を検討し始めている。本シリーズの(中)で紹介したように、フランス軍は、接近してきた船舶に対して見境なく威嚇射撃を行う「予防射撃」を加えている。少なくとも国連決議がお墨付きを与えている。
海賊対策で陸上作戦承認=国際調整枠組みも整備−安保理(時事通信)

 一方海賊対処法案は「海洋法に関する国連条約」に依拠するといいながら、独自の「海賊」概念が採用されている。それによると「海賊行為をする目的で、凶器を準備して船舶を航行させる行為」、「海賊行為」を目的とした「接近」や「つきまとい」、「進行妨害」なども、「海賊」として見なされ、「海賊対処」の対象となり、場合によっては死刑をも含む重罪が科せられている。これでは、“不審な動きをする船”はたちまち「海賊」とされ、停船要求・武器使用の対象となりかねない。そして停船要求に応じない船を自衛艦が武器を使用しながらどこまででも追いかけていく行為も排除されていないのである。

ソマリア「海賊」対策と言いながら、「ソマリア」も「国連決議」も一度も出てこない奇怪な法律案
 この法律案は、ソマリア「海賊」対策と言いながら、「ソマリア」という言葉が一度も出てこない奇怪な法律案である。つまり法案は、活動海域をソマリアを対象にしていない。全世界の海が対象となっている。すくなくとも自民党プロジェクトチーム案の段階では「アデン湾・ソマリア沖」が対象とされていた。だが、なぜか法案が出てきたときには「海上」一般が対象とされることになった。また、ソマリアに関する国連安保理決議が出てこない。昨年国連安保理では、ソマリア「海賊」対策に対して2回の決議(6月の1816号および12月の1851号)があがり、各国の対応を促している。日本政府は、この決議を最大の根拠として、「海賊対策」を進めてきたはずである。ところが、この法案では、決議については一言も触れられていない。この法案が依拠するのは、なんと13年前の1996年に締結された「海洋法に関する国連条約」なのである。
海賊対処法案(衆議院)

 法案によれば、「海賊対処行動を行う海上の区域」は防衛大臣が事務的に決めることができる。自衛隊のどの部隊を派遣するかも防衛大臣が決める。ソマリアに限定されていないし、ソマリアについての国連決議を根拠にしているわけでもない。「海賊対処」と言いさえすれば、世界中のどこの海域に対しても自由に、防衛大臣の一存で自衛隊を派遣できることになってしまう。常時「海賊対策」を口実として世界中の海に自衛隊を派遣することができる。これが「海賊対策法」である。海洋版恒久法といえるだろう。
 自民党防衛政策小委員会は、2008年の夏につくった「国際平和協力法案」という恒久法案で、以下の6つを自衛隊海外派兵の活動として列挙している。すなわち、「人道復興支援活動」「停戦監視活動」「後方支援活動」「安全確保活動」「警護活動」「船舶検査」である。前から3つについては、PKO法やテロ特措法、イラク特措法で実現している。あとの3つは残されている。だが、海洋に限定されているものの、海の治安維持を行う「安全確保活動」、民間船舶を警護する「警護活動」、そして武力で威嚇して停船を求める「船舶検査」−−これらがいずれも「海賊対処法」で実現されてしまうのである。
領域外での武力行使=交戦権行使の最後の制約を取り払う 自衛隊海外派兵恒久法の危険(署名事務局)

海上活動が“海賊対策”だけで済まなくなる危険
 私たちが最後に問題にしたいのは、“本当に海賊対策だけで済むのか”という点だ。前項で問題にした「海賊行為をする目的で、凶器を準備して船舶を航行させる行為」は、船舶を航行しているだけで「海賊」と見なして停戦命令を出し、従わない場合は攻撃を加えるなどの行為を正当化するための条項である。仮に武器(ナイフなど)を搭載している船を襲撃して、射撃を加え、乗組員を殺りくした場合でも、その船が「海賊行為をする目的」で航行していたかどうかなどだれもわからないだろう。なにしろ「つきまとい」や「接近」、「進行妨害」など何でも停船を求め攻撃を加える根拠となるのである。 
 「海賊」対策作戦であるはずのCTF151において、米軍は1月中旬、「ガザに向かうイラン貨物船」(米軍の主張によれば)を停止させ捜索している。この米軍の行動は、イスラエルの対パレスチナ攻撃に連動し、イラン封じ込め戦略に絡んでいる。そもそも米艦船は、インド洋海域で活動しているときにはCTF150に組み込まれ、アデン湾に移動するとCTF151に組み込まれるというように、海域と作戦行動を必要に応じて自由に変更する。日本の自衛隊が主観的にどう思おうと、米軍が統括する軍事行動の一翼を担うことを強いられる可能性がある。つまり、自衛艦はソマリア沖にいるだけで、「海賊対処」だけでなく「対テロ」「対パレスチナ」「対イラン」などの作戦行動に勝手に組み込まれてしまう危険さえあるのである。
Mullen: U.S. could not legally hold Iran ship(Worldtribune)
U.S., Turkey: Washington's Growing Confidence in Ankara(Lebanonwire)

 日本の海外派兵の衝動は、米軍の世界再編と深く関わっている。米国は日本を海外展開の拠点とし、日本の自衛隊を、あたかも米軍の一部であるかのように、自由に海外派兵を行うことのできる軍隊にしたいと考えている−−これが世界再編を進める米軍の意図である。自衛隊法の改悪によって、海外派兵は本土防衛と並べて本来任務に格上げされた。海外派兵に対する強い衝動がある。陸上自衛隊に加え航空自衛隊もイラクから撤退した。インド洋では、給油量が大幅に減ったが、まさに軍事的プレゼンスの維持のためだけに給油艦と護衛艦が派遣されている。ソマリア沖派遣は、米軍の世界戦略のもとで、自衛隊が海外派兵を恒常的に実現していく恰好の材料とされようとしている。
 ソマリア沖には護衛艦2隻、隊員400人、海自特殊部隊「特別警備隊」隊員、海上保安官らからなる大規模部隊が派遣された。対潜哨戒機P3C2機の追加配備が決定された。ジブチの補給基地を防衛するための陸上自衛隊員、人員や物資の輸送、整備をするための航空自衛隊員の派遣も決まっている。7月には、海自の第2次部隊派遣の方針を明らかにしている。さらに陸上自衛隊中央即応集団直轄の中央即応連隊40人の派遣も日程に上り始めている。「ソマリア海賊対策」を口実に、政府と防衛相の方針決定だけで、日本国憲法を蹂躙する、かつてない海外派兵が強行されようとしている。断じて阻止しなければならない。
ソマリア海賊:海自派遣 中央即応連隊派遣へ(毎日新聞)
ソマリア沖海賊対策、7月にも第2次部隊派遣 政府方針(日本経済新聞)

2009年5月2日
リブ・イン・ピース☆9+25