国内の貧困・窮乏化と生活危機を放置して優先する「国益」とは何なのか 私たちは、このシリーズの(上)の最後で、「物資の輸送を確保するのは国益だが、人の命や生活を救うのは国益ではないのか」と政府の掲げる「国益論」を批判した。海外派兵や米軍再編グアム移転への財政投入、朝鮮民主主義人民共和国のロケット打ち上げ問題を利用した有事態勢の発動など、軍事優先策はますます目に余るものとなっている。未曾有の金融・経済恐慌のもとで、急速に進む貧困・窮乏化と生活危機を放置してでも優先して守らなければならない「国益」とはいったい何なのか、私たちはそれを真正面から追及したい。 ※[シリーズ]「海賊対策」を名目とした自衛艦ソマリア派遣に反対する(上) 日本船主協会“海賊インフォメーション”にみる「海賊対策」自衛隊派遣の欺瞞 (リブ・イン・ピース☆9+25) 2008年の自殺者が11年連続で3万人を超えたことが発表された。生活保護の受給が160万人を超え、過去最多となっている。健康保険をもたない子どもが激増し、無保険問題が深刻化している。とにかく、財政出動などの緊急措置によって、自殺者を出さない、餓死者を出さない、病院に行かずに手遅れだったという事態を避ける、路上生活者に休む部屋を提供する、そして事故や事件に至るのを未然に防ぐ、等々が緊急に必要なはずである。 ※08年自殺3万2249人 11年連続で3万人超す(朝日新聞) ※生活保護が160万人超、世帯数でも過去最多を更新(不景気.com) ところが自殺年間3万人超えが発表された4月2日、政府が開いた緊急会合は、自殺対策ではなくて、「ミサイル」対策会議だった。政府役人が岩手県まで出向き、東北地方6県の自治体責任者を集めて会合を開いたのだ。政府要人や専門家でさえ「99.99%安全」というロケットに対して、ありもしない「「飛翔体」落下の脅威」に対してどうしてこのような対応が必要なのか。朝鮮民主主義人民共和国を何をしでかすかわからない国と印象づけるとともに、有事態勢のための恰好の実践訓練として利用するものでしかない。政府はその後も延々と「北朝鮮の脅威」をあおり続けている。 ※ミサイル備え国が東北6県に説明/政府の危機管理責任者ら(四国新聞社) 4月14日、「海賊対処法」の国会論議が始まった。「武器の使用基準」の見直しや外国籍船護衛への踏み込みなど、従来の自衛隊の海外派兵を大きく踏み外す内容が盛り込まれている。何の抵抗も受けずに対潜哨戒機P3Cや護衛艦の追加派遣が決まった。15日民主党は「影の内閣」で政府の武器使用基準緩和を容認する方針を早々と打ち出した。「海賊対策」の必要性という点では野党も一致し、事前承認か事後承認か、派遣自衛官の肩書きが何かなどが問題になっているに過ぎない。私たちはこのことに強い危機感を感じる。この点では日本共産党も、日本政府による「海賊対策」の意義を認めた上で、「海上保安庁がやれ」などとそのやり方を問題にしているだけだ。 ※海賊対処法案、14日審議入り=武器使用緩和、月内通過目指す(時事通信) ※海賊法案、武器使用緩和は容認 民主、野党内調整に着手(日経新聞) 野党が明確に反対できない前提には、「国益」擁護というイデオロギーがある。「国益」につながるといえば皆が反対できない雰囲気がある。現在政府が提出している「海賊対処法」は、「国益」擁護のための自衛隊海外派兵を掲げた初めての法律である。私たちはここで、「国益擁護」を掲げて自衛隊を海外派兵することが、私たちの基本的人権や途上国の人々が生きる権利を踏みにじり、独占企業の利益や先進国による途上国搾取体制、世界支配秩序を維持するためのものであることを声を大にして指摘したい。 今ほど、国のあり方が問われるときはない。国は何を守ろうとし、何を守ろうとしていないのか。日本はいかなる国家であるべきなのか。それが鋭く問われているのではないだろうか。 石油と自動車の輸送を防衛することが「国益」を守ることなのか ソマリア沖に派遣された海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」と「さみだれ」が3月31日より「護衛」活動を開始した。私たちはこれをみて、改めて強い違和感を抱かざるを得なかった。両護衛艦が「護衛」したのは、日本の事業者が運航する自動車運搬船3隻と石油を運搬するタンカー2隻の計5隻である。それ以降も基本的に自動車と石油タンカーが護衛対象となっている。輸出入に関わる運搬船だ。 ※防衛省によると、初の警護対象となった5隻はいずれも外国船籍だが、国内の船会社が管理しており、うち2隻に日本人が乗船している。日本船籍でないのは、日本船籍にすると高い保険料と高い船員給与を払わなければならないため、タックスヘイブンの船籍にしているのである。日本への税金支払いを忌避した5隻の商船を、そして乗組員はおろか船長さえ日本人でない商船も含め、その積み荷が日本に向かう、あるいは日本から輸出されているという理由だけで、自衛隊が護衛するのである。これが彼らの言う「国益」である。 ※これまで護衛艦が護衛したのは以下である。(4月13日現在) ●3/30〜4/1 自動車船3隻 タンカー2隻 ●4/1〜3 液化天然ガス(LNG)船1隻 タンカー1隻 ●4/3〜5 貨物船1隻 コンテナ船1隻 自動車船1隻 ●4/7〜9 タンカー1隻 LNG船1隻 自動車船2隻 ●4/9〜4/11 タンカー1隻 自動車船2隻 ●4/11〜13 タンカー1隻 貨物船1隻 自動車船1隻 防衛省ホームページによる これらをみていると、護衛艦が護衛するのは主として石油と自動車であることがわかる。それぞれ6回中5回含まれている。石油と自動車――この二つは、これまでの日本経済の大量消費と大量生産を象徴している。日本の「国益」を掲げて海外派兵された護衛艦が、集中して護衛しているのが石油と自動車とは、極めて意味深い。しかもこれらのタンカー・運搬船は、護衛要請のあった2600隻の中から経済的重要性をもとに優先順位を付け選別した結果である。もっともそれがレアメタルであっても、バナナであっても、マグロであってもエビであっても、あるいはまた家電であっても同じことだろう。要するに彼らが言う「国益」とは、日本の商社が世界中から資源や食糧・物資を買いあさり、あるいは半ば略奪するためのもの、生産したものを販売し利益を得るためのもの、要するにグローバル独占企業による大量生産を行い、大量消費の経済構造を維持するためのものでなのである。グローバル独占資本の利益を侵す者は容赦しないということだ。これらの物資を軍事力によって防衛することが「国益」を守るという中身であることを事実は示している。 あらためて、イラク、アフガン戦争が「石油のための戦争」であったということを思い出させる。イラク、アフガン戦争では、石油支配のための、石油利権のための戦争を戦う米軍を支援し、「復興支援」という美名のもとに自衛隊を派遣したのであったが、ソマリア沖派遣では、自衛艦がタンカーの横にぴったりとついて護衛し、石油や自動車という「国益」を直接守っているのである。 海外権益の擁護と秩序維持を露骨に表現した「人類共通の敵」論 ところが、実際にタンカーを護衛するという「国益」擁護は、実は日本の積み荷の防衛だけを意味しているのではない。「海賊対処法」は、まさしく外国商船を護衛可能とするために作られようとしている。そしてそれを補完するのが「人類共通の敵」論なのである。 「海賊は人類共通の敵なわけですから・・・」「人類の共通の敵である海賊を・・・」などと麻生首相が述べたのは有名だが、麻生だけではない。民主党の長島昭久も、わざわざ質問趣意書までだして政府に問うている。「海賊は人類共通の敵であり、国際社会が一丸となって、その撲滅に取り組んでいくべき課題だと考える」(10月28日 海賊対策に関する質問主意書)。 公明党は「海賊対策の論点 Q&A」で、“「人類共通の敵」にどう対処するか?”というQを設けている。 外務省の公式見解でも、「海賊」問題は「国家の存立と繁栄に直結する極めて重要な問題です」とした上で、「『人類共通の敵』として、国際社会が断固たる態度で一致して取り組むことが不可欠です」と書いている。他ならぬ外務省声明に「人類共通の敵」への対処が掲げられている。 ※外務省ホームページ http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/seimu/nishimura/un_anpo_08/gaiyo.html http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/20/ensm_1216.html http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a170168.htm 「海賊」に対する枕詞のように必ずつけられる「人類共通の敵」――これこそが「国際テロネットワーク・アルカイダ」や「イスラム原理主義組織ハマス」などの表現と同様、「海賊」を、やりたいように銃撃する対象、害虫のような駆除の対象、殲滅の対象であるかのように、何をやっても許されるようにする言葉なのだ。 「国益」とされているのは、かつて軍国主義日本が「満蒙は日本の生命線」と主張したように、日本が帝国主義国家として存続するための経済基盤そのものであり、帝国主義的な秩序そのものである。つまり、発展途上国の人民がグローバル企業の強搾取にさらされ、児童労働が常態化し、劣悪な環境のもとで強制労働させられ、ただ同然で資源や富が略奪されていくことが当たり前であること、日本の商社や独占企業が買い付けた商品が無事日本に到着することが当然であること、また、商品の販売ルートが確保されること、これが彼らが言う「国益」なのである。その意味するものは、日本の国家権益にとどまらない、米を頂点とした帝国主義的支配秩序一般、新植民地主義体制、収奪構造、搾取構造そのものなのである。そこに、「国益」を掲げた自衛隊が、他国の艦船をも護衛したいという衝動が生まれる基礎がある。 帝国主義が収奪し尽くしぼろぼろにした途上国で、食えない農民や漁民達が反乱を起こして、「海賊」として公海に跋扈するようになってしまった。これがソマリア沖で起こっていることだ。彼らが維持しようとしてきた海洋の秩序を乱す連中には違いない。だから彼らは、安保理決議まで上げ、領海も地上も他の国の軍が出て行ってもいいと決めたのである。彼らが「海洋が人類共通の財産」というとき、それは帝国主義国共通の財産ということであり、彼らにとって人類とは、先進国の人類を意味する。途上国人民がその領有権や漁業権を主張することは、彼らの観点からは決して許されないことなのだ。 「国益」論の裏返しとしての自己責任論――人民生活は保護に値しないものなのか 「国益」優先論は、「国益に値しないもの」を放置し排斥するイデオロギーをあわせ持っている。「自己責任論」と結びつく危険なものである。石油と自動車が命を賭けてでも守らなければならない「国益」だというならば、「国益に値しないもの」、「国が守るに値しないもの」、「護衛に値しないもの」、「保護に値しないもの」とは何か。 ソマリア沖自衛隊派兵は単に9条の骨抜き化、破棄という問題だけでなく、基本的人権に対して「国益」=「公益」を優先させるという、憲法13条の破棄・制限という問題が絡んでくることを意味する。 憲法9条改悪で海外権益確保のための自衛隊海外派兵が認められる、憲法13条改悪で「国益」=「公益」を優先して個人の権利が制限される、憲法25条改悪で最低限度の生活を保障するのは国の義務ではなく個人の「自己責任」となる――これらはすべて同一のイデオロギーで貫かれている、新自由主義のイデオロギーである。 ※<オンライン講演録> 国家構造の根本的転換を目論む反動的改憲阻止のために――「公益」の名による権利の包括的制限(署名事務局) 「自己責任」のイデオロギーは、2004年4月のイラクでの高遠さんら3人の拉致事件をきっかけに公然と噴出したのであったが、しかしそれよりもっと早く2001年からの小泉構造改革のころから戦争協力最優先政策と一体に進み、非正規雇用と使い捨て労働、高齢者の医療・社会保障からの排除、格差や貧困を容認するイデオロギーとして蔓延した。その一方では、グローバル独占資本が巨額の利益を上げ続けた。 その最も極まったものが、「国益」を防衛するための自衛隊海外派兵ということではないのだろうか。 「国益」のために、抵抗するものたちを容赦なく弾圧するというのは、国内も同様だ。現在の貧困や格差拡大への不満と批判、「生きさせろ」という当然の要求を主張し抵抗と運動をすることが、資本の利害を浸食すると捉えられるのである。フリーターメーデーやサウンドデモ、麻生宅ツアーに対して、とりわけ凶暴な弾圧が加えられているのは偶然ではない。 現存秩序に対して刃向かう者は容赦なく弾圧し、殲滅する――これが「国益」擁護を正面に掲げる海賊対処法の思想である。私たちは、このような反人民的で帝国主義的な法律の成立を絶対に許すことはできない。 ※そもそも、「海賊対策」の表向きの発端は、豪華客船の護衛のために自衛隊を出動させろというものであったという報道がある。(「お一人様425万円から2000万円」の「飛鳥U」、同「290万円〜1600万円」の「ぱしふぃっくびいなす」など)。「ネットカフェ難民」や非正規労働者どころか正規労働者の年収さえ大きく上回る旅費を投じる富裕層の護衛である。いずれにしても人民とはかけ離れた議論と言う他ない。 豪華客船護衛へ月内に準備指示/海賊対策で海警行動(四国新聞) ソマリア沖を本当の銃撃と殺戮の現場に変えてしまう「海賊対策」 事態は間違いなく深刻な方向へ進んでいる。ブッシュがフセイン政権を打倒してイラクの秩序を破壊し、どうしようもないカオスを作り出してしまったように、海洋における新しいカオスを作り出そうとしているのが「海賊対策」ではないか。 ※Pirates threaten Americans; France fights back French forces thwart high-seas attack, capture 11 bandits(msnbc) ※海ゆかば〜海上自衛隊「ソマリア沖海賊退治」派遣の裏表(日経BP) 3月29日には、ドイツの軍艦が「海賊」に銃撃された。麻生は以前、「軍艦に刃向かってくる海賊なんかいるか」などと言っていたが、全くの的外れであることが分かった。軍艦への銃撃が起こったのだ。フランスの海軍が、漁をする小舟たちの近くの水面に威嚇射撃をして、漁船をけちらかしている様子もテレビ映像で映し出された。フランス海軍は言う、「海賊と漁民の区別が付かないから、小舟が近づいてきたら威嚇射撃をするしかない」と。漁場荒らしは誰なのか。「海賊」はだれなのか。ソマリア沖を我が物顔で跋扈し、容赦なく銃撃しているのは誰なのか。「海賊」退治といって軍艦を派遣している諸国の方ではないのか。彼らこそ「海賊」ではないのか。 そして、4月10日には、フランス海軍が「海賊」を射殺し、4月12日には、米軍が「海賊」を射殺した。「海賊」を容赦なく射殺するという手法に対して、その国際的な合法性が問題になっている。「海賊」は、これらに対して復讐を表明するに至った。「海賊」による被害がソマリア沖からさらにアデン湾、アラビア海へと拡大している。日本の自衛艦に護衛されていた商船の船長は、アデン湾の護衛地域から抜け出た先のことが不安だという。軍艦を派遣している国の商船が集中的に標的にされる危険性があるからだ。 ※Somali pirates lob rockets at US ship in apparent revenge attack(Dailystar) 現在ソマリア沖で活動している「海賊」は、もともとは、内戦で農業が出来なくなった貧しい農民であったり、漁場を荒らされて漁が出来なくなった貧しい漁民であると言われている。また、そのような「海賊」をつかって身代金を稼ぐ一大産業に仕立て上げた投資会社があるとも言われている。具体的な詳細は明らかではない。だが、ただ一つ言えることは、ソマリアの内戦を生み出し、人々の運命をもてあそんできたのは帝国主義諸国であるということである。ソマリア沖とアデン湾の「海賊」と船舶航行危険地域を作り出してきたのは、帝国主義諸国であるということである。 現在行われているような軍事作戦は、「海賊問題」を複雑化させ、さらなる危険の増大、いっそうの無秩序の状態へとエスカレートさせるものでしかない。そのもとで日本の自衛艦の武器使用の危険性は飛躍的に高まる。「海賊対策」のための武力行使は許されない。ソマリア「海賊」を口実にした自衛艦派遣をやめ、今すぐ撤収させるべきである。「海賊対処法案」を廃案にすべきである。 2009年4月15日 |