アフガニスタン戦争20年
リブインピース第5回オンラインカフェ報告
メディアが報じないアフガン戦争の実態と日本の犯罪的役割を報告・議論

 9月19日リブ・イン・ピース☆9+25主催で第五回オンラインカフェ「アフガニスタン戦争20年――米欧日の侵略と戦争犯罪について」を開催し、30名近くが参加しました。メディアはタリバン政権の「女性の人権抑圧」「恐怖政治」を煽り、あたかも米軍が平和と安定のために駐留していたかのように報じています。これに対して意図的に隠されている二つの事柄――第一に、米国の20年、40年以上に及ぶアフガニスタン侵略・軍事介入と戦争犯罪、第二に、無関係のように装っている日本政府の戦争加担−−を明らかにすることに重点を置きました。

おびただしい数の犠牲者、難民、避難民 
 第一の報告は、米国が9.11事件の「報復」として開始したアフガン侵略の非道性の批判です。テロは犯罪であり戦争ではありません。しかも「報復戦争」は国際法違反であり、何の正当性もない侵略戦争でした。米軍はアフガンの国土を破壊し、わずか数ヶ月でタリバン政権を崩壊させ、おびただしい犠牲者、難民、避難民を出しました。米兵 10万人、NATO 4万人、民間軍事会社 数万人と、日本の3分の1の人口の国に陸上自衛隊の定数(15万人)を超える軍隊を送り込んで支配したのです。 
 空爆は、空から地上目標のコンクリートや盛土を貫通したのち地中深くで爆発するバンカーバスターを使用し、それには劣化ウラン弾も大量に使用され、今ではドローンからの攻撃をするなど「掃討作戦」が行われ、て尋常でない被害がでました。米ブラウン大学ワトソン研究所の調査では、20年間のアフガニスタン戦争による死者は市民 7万 418人、反政府武装勢力8万5731人、政府軍 7万8526人、米軍兵士 2324人、民間軍事会社雇員 4007人、同盟軍兵士 1144人と24万3000人。しかしこの数は直接的な犠牲者だけであり、間接的影響での死亡、すなわち病気や飢え、衛生状態の悪化などによる死者を含めれば数100万人との予想も出ています。2010年からの10年間で3219人の女性が殺され7792人の子どもが殺されました。タリバンが女性の人権を抑止すると問題視するメディアによって、このことは取り上げられていません。
 また、犠牲者の数だけでなく難民という大きな問題があります。3800万人の人口のうち270万人がパキスタンやイランへと国外避難し、400万人が国内避難となっています。人口の6分の1が住む家を失って避難民となているのです。貧困率は33%から54.5%に増大し、女性の平和と安全指数は世界ワースト2位、ユニセフによると370万人の子どもが学校に行けず、そのうち60%は女子です。またアヘン生産量が倍増しています。都市部はともかく国民の大部分、農装地帯は生活が貧困化したという結末をもたらしました。タリバン政権を打倒した米による傀儡政権のもとでの民政はこのようなものだったのです。

20年で250兆円の戦費。そのほとんどが米軍産複合体に
 米はこの戦争で250兆円(2.26兆ドル)という巨額の戦費を投じました。ワトソン研究所によると、そのうち復興イニシアチブ費用は16兆円、その中の9兆円は軍と警察の費用で、差し引くと実際は7兆円のみが復興費用で、残りは米国の軍産複合体、民間軍事会社、金融資本の利子所得に流れたのです。米国と傀儡政権は、復興を実現するどころか、20年にわたる抵抗闘争を引き起こし、治安悪化と腐敗政治に民心は離れ、ガニ政権は一夜にして逃げ出し、米軍も撤退するしかなかありませんでした。20年前に打倒したはずのタリバン政権が復活しました。
 8月28日、米軍が撤退前にカブール空港で「自爆テロ」があり、死者170人(米兵13人)、負傷者200人が出ました、しかしこれは自爆テロではなく米兵の銃乱射による可能性が大きいことがわかりました。8月29日、カブール市内で自動車が米軍ドローンで攻撃され、子ども6人を含む10人が殺されました。後に誤爆と認められましたがこのことについても、米国では殆どのメディアが取り上げませんでした。そして8月31日なりふり構わず逃げ出したのです。
 しかし、米国のアフガン介入は1978年にさかのぼります。この年に誕生した「アフガニスタン民主共和国」を打倒するために、米国はアルカイダ等イスラム原理主義勢力を育成し武器や資金を供給して内戦を仕掛けたのです。よく知られている1979年12月の「ソ連軍のアフガン侵攻」は、民主政権の正式な要請によるソ連の支援でした。今回の米国のアフガンからの撤退は、2001年からの20年だけでなく、1978年からの43年の敗北です。 参加者からは“9.11もソ連の侵攻も記憶はあるが、一連の流れとして捉えることができずにいたので、経過を整理してもらえた点が有難い”等の感想が寄せられました。

日本の戦争加担を批判し、中村哲医師の言葉を心に刻む
 第二の報告は、アフガン戦争を他人事ように扱っている日本の批判でした。小泉政権は他国に先駆けてブッシュの「報復戦争」支持を表明、2001年9月21日には、横須賀基地から出港する空母キティーホークの護衛に海上自衛隊の護衛艦を出港させ憲法を蹂躙しました。すでに日本全国にある米軍基地が、特に沖縄基地がアフガンへの出撃基地となりました。小泉政権はデタラメな問答で「テロ特措法」成立を強行し、インド洋、アラビア海への海上自衛隊を派遣、米国を中心に多くの国々に物資輸送、給油活動を行いました。日本の自衛隊によって給油された空母からアフガンへ爆撃機が飛び立ちました。さらに、2003年のイラク戦争開戦後には「イラク特措法」を強行成立させ、陸上自衛隊を「給水」「復興支援」の名目でイラクに駐留させました。そして2015年9月には、世界中に自衛隊を派遣し戦争が可能となる戦争法を制定しました。
 報告者は、“憲法蹂躙の20年”と糾弾する一方、“「給油活動」「復興支援」にとどめ戦闘に参加させていないのは憲法と反対運動の力”との側面も指摘しました。これに対して参加者から、ここ数年集団的自衛権の行使と直接戦闘行為の現実化の危険の動きが進んでいることに注意する必要があるとの補足がありました。2018年自衛隊が米軍とフィリピン軍との上陸作戦に初めて参加したことを皮切りに自衛隊の各国との共同演習訓練が増加し、規模も拡大しているのです。米国がアフガン撤退から、戦争対象を中国へシフトし、日本の自衛隊が尖兵として戦争の準備・軍拡をしようとしていることへの批判を強めなければならないとの指摘がありました。
 最後に2019年に凶弾に斃れたペシャワール会元現地代表であった中村哲医師の言葉が紹介されました。中村氏はアフガン東部山村での長期的復興計画「緑の大地計画」や灌漑水利計画を継続し、貧民層の診療に携わっていました。彼は2001年10月に国会証人喚問で“自衛隊派遣は百害あって一利なし”と反対し、2007年には“日本の給油によって多くのアフガン人が殺されている”と厳しく指弾しました。世界での日本が持つ平和憲法の意義を語りました。アフガニスタンの大地に根ざした中村医師の言葉の重みをあらためて伝わってきました。

報告1 アフガニスタンからの米軍の撤退〜米欧日の侵略と戦争犯罪の20年〜

 

2021年10月15日
リブ・イン・ピース☆9+25