シリーズ 「新冷戦」に反対する ~中国バッシングに抗して
(No.40) 中国の軍事力を誇大宣伝する国防総省報告書
軍拡競争を煽り、軍事予算獲得のためのプロパガンダはやめろ

 11月3日、米国防総省は「中国の軍事力2021」(正確には中華人民共和国が関与する軍事および安全保障の進展)という年次報告書を発表しました(※1)。主要なメディアはこぞってこれを取り上げ、ひとしきり中国の脅威を騒ぎ立てています。しかし、毎年発表される「中国の軍事力」報告書は、従来から極めて宣伝職の強い、国防総省の意図に従って脚色されたものです。中国の脅威を誇大に宣伝するもので、議会から巨大な軍事費をもぎ取るための道具立てでもあるのです。しかし、今回の報告書は、従来と比べても驚くほどの対中非難プロパガンダの塊になっており、これまで以上の誇大宣伝、粉飾、意図的操作にあふれたものになっています。主要なメディアは、米政府のいうまま無批判に報告書の内容を復唱していますが、私たちはその嘘、誇大宣伝を暴き出し、その意図するもの、その危険性を批判しておかねばなりません。
※1 国防総省報告書「中華人民共和国が関与する軍事および安全保障の進展」

米の軍事力の姿を押し隠し、中国の軍事力だけを誇張
 「中国の軍事力2021」で米国防総省が強調しているのは以下のような内容です。[1]中国は核弾頭の増産を急加速させており、2027年までに700発を持つ可能性があり、2030年までに少なくとも1000発の弾頭を持つ予定だ。[2]核搭載可能な空中発射弾道ミサイル開発と、地上及び海上核能力の向上で新たな「核トライアド」を確立している可能性がある。[3]355隻の水上戦闘艦船と潜水艦を持ち、数量的に世界最大の海軍を持っている。しかし、これらの内容はどれも現実とはかけ離れています。対応する米の軍事力の姿を押し隠し、中国の軍事力だけを誇張するものです。
 まず第1に核弾頭の増産について。昨年公表された「中国の軍事力2020」は、中国の現有核弾頭数は200発台の前半であり、その後の10年間で2倍以上に増えると予測しました。従来の傾向から大きく外れる急増の見込みでした。ところが今年の報告書は、中国がその後加速のペースをさらに上げて、6年後に700発、2030年に1000発以上としています。驚くべき加速ペースです。今回報告書に書かれた核弾頭数の増加ペースがいかに大きく常識外れかは、2019年に国防情報局DIAが公表したデータに書き加えたグラフでよく分かります。中国の核弾頭数は40年間で2倍(FAS評価;150→300)の非常にゆっくりした増加でした。それが10年間で3.5から4倍になるというのです(※2)。

 報告書はその根拠として、ミサイル発射用のサイロの増設と核弾頭増加のためのプルトニウム生産設備建設を挙げています。しかし、その根拠そのものが怪しいものです。ミサイルサイロ建設を言われる施設は今年2月に発見され、それ以後盛んに宣伝されるようになりました。人工衛星からの写真でサイロ群と思われる施設の建設が発見され、ユーメン、ハミ、オルドスの3つ地域で、サイロと思われる施設の建設されはじめており、合計は300基になると推定されているというものです。しかし、[1]米軍自身が、サイロとは断定していない、[2]実際に工事が行われているのは一部(数十基)であり、建設数は見込みにすぎない、[3]ICBM用サイトであるかどうかもわからない、などで全く想像の域を出ていません(※3)。さらに、たとえサイロであったとしても、ミサイルの生存性を上げるために、ミサイル本体よりも数多くのダミーのサイロを作り、その間でミサイルを移動するためという可能性もありえます(過去に米軍も検討しました)。だから必ずしも核弾頭とミサイル増加の証拠にはなりません。

 核弾頭製造のための施設増設はもっとでたらめな情報です。民間の国際核分裂性物質パネルによると、中国は兵器級プルトニウムの生産を1986年に、高濃縮ウランの生産を87年に中止しています(※3)。すでに核弾頭に加工したものを含めて、兵器級プルトニウムの保有量は2.9トン、高濃縮ウランは14トンです。これから想定される核兵器の生産数は合計730発で、1000発には到底足りません。しかし、既存の軍事用プルトニウム生産炉や軍事用再処理施設は30年以上にわたって運転していません(※3)。もはや稼働させられないでしょう。その代わりに報告書が持ち出しているのが、中国が核燃料サイクルの一環として建設中の高速増殖炉と再処理工場です。高速炉は福建省に600メガワット(日本のもんじゅの倍の規模)の商業発電用として建設中で2023年に1基、26年に2号機が稼働予定されてえいます。私たちは日本だけでなく世界各国で核燃料サイクル・高速増殖炉・再処理工場が破綻するのを見てきました。この技術そのものが未熟で、危険極まりないものです。だから、私たちは中国が今も核燃料サイクル政策を進めようとしていることに反対です。しかし、同時に発電用高速増殖炉、再処理工場などは直ちに核弾頭増産のインフラとならないことも明らかです。軍事用プルトニウムの生産は発電用とは運用や核燃料の燃焼度が全く異なり、両立しません。また、軍事用のプルトニウム生産炉や再処理施設は国際原子力機関IAEAの査察を免除されるが、発電用核燃料サイクルはIAEAの査察対象です。軍事用は査察免除なのですから、初めから核弾頭増産用の施設なら発電用を装う必要は全くありません。初めから軍事用で作ればいいのです。だから中国の現行計画は(米の軍事的脅威が高まって将来の変更と転用される可能性まで否定することはできませんが)、現状で核兵器増産の根拠や証拠にはならないのです。

 米政府は、2030年に核弾頭1000発保有を宣伝し、中国の核軍拡を印象付けようとしています。しかし自分の持つ5500発以上の核弾頭の存在を棚に上げ、一方的に脅威の幻想を作り上げるものに他なりません。
※2 中国核弾頭のDIA推定値 – 米国科学者連盟 (fas.org)
※3 中国は米露レベルまで核ミサイル保有数を拡大できない。専門家が断言する根拠 (まぐまぐニュース! mag2.com)

米中の戦略核戦力には大きな格差
 戦略核兵器のトライアド(3本柱;大陸間弾道弾ICBM、潜水艦発射弾道弾SLBM、戦略爆撃機)について言えば、まずは中国のトライアドの劣位と事実上の不在を問題にしなければなりません。戦略核戦力では米中両国の間では核弾頭数の大きな差があるだけでなく、それ以上に運搬手段において大きな差があるのです。大陸間弾道弾ICBM(射程5500キロ以上)でも中国からは直接米本土に届くものは限られます。最大の12000キロ級以上の射程を持つDF5ミサイルとDF41ミサイルしかワシントンと米本土の大部分にはとどきません。SIPRIに拠ればそのミサイル数20基、弾頭数60発です。数の上での主力(72基、72発)のDF31ミサイルは射程が11200キロしかなく米本土の一部にしか到達しません。さらに米が第2撃の主力に置く潜水艦発射ミサイルSLBMではもっと劣位にあります。SLBMの数が少ないだけでなく、現行のSLBMの射程(7000キロ)では南シナ海からでも黄海からでも米本土には届きません。ハワイあたりの太平洋にまで進出しないと米本土には届かないので、事実上米本土に対する核戦力にはなっていないのです。同様のことは戦略爆撃機にも言えます。H6爆撃機の航続距離は6000キロ(行動半径3000キロ)にとどまり、そこから長距離巡航ミサイルを発射しても米本土には到達しません。グアム、あるいは嘉手納基地から戦略爆撃機を発進させ空中発射巡航ミサイル(核)で攻撃できる米とは異なります。

 したがって、戦略核戦力の米中間の格差は依然、非常に大きいのです。米本土に到達できる核弾頭数で言えば132発:3570発にもなります(下の図参照)。米政府やメディアのやっていることは、この状態であたかも中国を巨大な脅威にでっち上げることに他なりません。現実とはまったく異なります。


総トン数で米海軍が3.5倍。大型艦艇では圧倒的
 第3「中国海軍が数量的には世界最大の海軍になった」との宣伝は昨年の「中国の軍事力2020」から始まりました。たしかに、中国海軍の近年の目覚ましい近代化と増勢には目を見張るものがあります。しかし、実際には世界中を行動し、地球の反対側で侵略戦争を行うための米海軍と、10年ほど前までは中国周辺に行動が限られてた「近海防衛」型海軍で、その後遠洋での活動に発展しつつある中国海軍では質的に大きな差があります。中国海軍が米海軍を凌駕したなどデマと言うほかありません。別表は、「中国の軍事力2021」付表の中国海軍数と米海軍から議会への報告書で公表されている米海軍の主要戦闘艦艇数です。これでは中国海軍が約350隻、米海軍は約260隻となっています。

 しかし、米の報告書は、米国では艦艇数に入れていないサイクロン級哨戒艇(336トン)よりも小型の中国のミサイル哨戒艇(86隻)や沿岸の哨戒に限定された能力しか持たない49隻のコルベット(小型護衛艦)まで含めて350隻としています。都合のいい分類で中国海軍の艦艇数を過大に見せるため数字の詐欺です。今年度版の日本の防衛白書では、ミリタリーバランス2020-2021を元に米中の艦艇数と総トン数を計算しています。そこでは米国729万トン、970隻、中国212万トン730隻としています。総トン数で米海軍が3.5倍もあるのです。この数字は主要戦闘艦艇だけではありませんが、1隻あたりの平均トン数は米海軍が7500トン、中国海軍が2900トンになります。中国側は沿岸防護用の小型の艦艇の隻数が多いのがよく分かります。一方、米原子力空母11隻だけで満載排水量100万トン以上になり、強襲揚陸艦10隻を加えると中国海軍の総トン数の半分以上になるのが実態です。太平洋や大西洋を横断し、本土から遠く離れた場所に強力な攻撃や上陸作戦を行える大型艦艇では米海軍がいまも圧倒的な力を持っています。「中国海軍が世界最大になった」というのがいかに誇大宣伝であるかは明瞭です。


米国の新しい軍拡を正当化するためのプロパガンダ
 今回をはじめ、一連の中国軍の脅威の宣伝は米国の新しい軍拡と軍事技術競争を正当化するためのプロパガンダです。その裏側で、米国は2020年段階で296隻に主要戦闘艦艇を2045年には400隻以上(無人の艦船や潜水艦を含む)に拡大する計画を進めています。また、何種類もの極超音速ミサイルの開発、低威力核弾頭の開発と配備などを進めています。自分の軍拡の正当化、予算化獲得のためのプロパガンダなのです。かつて1950年代後半に同様の事態がありました。「ミサイルギャップ論争」です。米国が当時のソ連のミサイル戦力の優位を宣伝し、ミサイル軍拡に突き進みますが、後に明らかになったように、実際にはソ連に圧倒的劣勢でミサイル弾頭数で20倍以上の差がありました。現在の事実関係をゆがめる一方的なプロパガンダはまさに同じやり口です。政府とメディアの大合唱に惑わされることなく、冷静に事態を見極めることが必要なのです。

 最後に、メディアがほとんど取り上げないことで極めて重要なことを確認しておきます。それは中国の外交、軍事の基本姿勢です。中国は以下のような一連の姿勢を取っています。[1]米英仏ロの核ミサイルや核弾頭が即応状態に置かれているのに対して、中国の核弾頭は通常はミサイルから外されて保管されている。主要な核保有国の中で唯一即応状態・戦闘状態に置かず、事故や誤情報から核戦争が始まらないように、また過剰な核の緊張を起こさないようにしています。[2]さらに、国家として核兵器先制不使用を宣言し、核非保有国に対して核攻撃をしないことを公言し、政策としています。[3]核戦力については最小限抑止の姿勢を貫いており、ワシントンに届く核戦力に格段の差があっても、最小限の報復戦力を維持することで相手の核攻撃を抑止する戦略です。かつての米ソ両国のように対等の核戦力を持ち、軍拡競争に引きずり込まれることを回避しています。中国の核兵器は純粋に防衛用、核攻撃を抑止するためのものであり、核戦力で圧倒的に優位にある米があたかも脅威であるかのように宣伝し騒ぐ方がおかしいのです。

 米の「中国の軍事力」について、中国外交部の汪文斌報道官は次のように述べています。「これまでの同様の報告書と同じく、事実を顧みず、偏見に満ちたものだ。米側は報告書を利用して『中国の核の脅威』を誇大宣伝したが、これは話術を操り、世論を惑わすトリックに他ならない。この事を国際社会はよく分かっている。実際には米国こそが世界最大の核の脅威だ」。汪報道官は「中国は一貫して自衛防御の核戦略を揺るぎなく遂行し、最終的な核兵器の全面禁止と完全廃絶を積極的に主張するとともに、核戦力の規模を常に国家の安全保障に必要な最小限度に制限し続けている。中国は、いかなる時、いかなる状況下でも、核兵器の先制不使用政策を守るし、非核国や非核地帯に対しては無条件で核兵器の使用や使用するとの威嚇を行わないと明確に約束している。中国に対して核兵器を使用しない国でありさえすれば、中国の核兵器による脅威を受けることはない」と中国の立場と防衛戦略について述べています。私たちは戦争の脅威を煽り、軍事力で相手を押さえ込もうとする米政府とまったく異なる立場で自国防衛と戦争防止、平和共存を追求する中国政府の立場をデマゴギー名惑わされずきちんと見ておく必要があります。
※4 米国防総省の「中国軍事力報告書」に外交部「事実を顧みず、偏見に満ちている」

 「中国の軍事力」報告書は、冒頭で中国が2049年までに「中華民族の偉大な復興」を達成し、米国のグローバルな影響とパワーを追い越し、インド太平洋での米国の同盟やパートナーに取って代わり、中国の権威主義的システムや国益をより優位にするために国際秩序を書き換えようとしている、と書いています。中国が軍事力を振りかざす、力による現状変更求める戦力で、危険だと描こうとしています。しかし、過去40年以上にわたって戦争に係わらず、平和共存政策をとっている中国政府と、同じ期間に世界中で数限りない侵略戦争を行ってきた米国政府を比べれば、どちらが好戦的で危険であるかは明らかです。中国共産党第19回大会(2017年)で習近平指導部は、新時代の中国人民の3大任務として、[1]平和的な国際環境作り、[2]4つの近代化、[3]祖国統一を上げています。いまも中国政府が経済発展を更に進めるために、周辺諸国とのウィンウィンと共存共栄の関係、平和的国際関係を最優先にしていることを見るべきです。私たちは中国政府を敵として軍拡で対決する戦争政策ではなく、戦争を回避し、平和的な協力関係を作ること、平和外交を政府に要求しなければなりません。

2021年11月3日
リブ・イン・ピース☆9+25

シリーズ 「新冷戦」に反対する ~中国バッシングに抗して 「はじめに」と記事一覧

関連記事
(No.39)「大陸間・極超音速兵器実験」は米のプロパガンダ