先進諸国の「ネットゼロ」のごまかし 「CO2排出量の今世紀半ばのネット(正味)ゼロ」「カーボンニュートラル(炭素中立)」とは、CO2排出量を絶対的に減らすのでもゼロにするのでもありません。あくまでも、机上の計算で実際のCO2排出量から森林等による吸収量を差し引いたり、炭素クレジットでの相殺(オフセット)を「差し引きゼロ」「正味ゼロ」にするという考え方です。机上の計算で吸収量を過大に見積もれば、排出量もいくらでも大きくできます。 中でも、先進資本主義諸国とその企業が途上国を金融的経済的に隷属させる新植民地主義の新たな形態=「気候植民地主義」は、その最も露骨なやり方です。従来からの対途上国投資に「環境」の名をかぶせただけで、排出量削減にカウントされるのです。先進諸国で排出削減をせずに、最も簡単かつ大規模に減らせる「オフセット」手法です。 たとえば、「植林」の名の下に行われる途上国での自然破壊。東南アジアでは、パーム油産業に関連した森林破壊が続いています。インドネシア、マレーシア、パプアニューギニアの3国で2018~2020年に約20万ヘクタールの熱帯雨林が伐採されました。森林が伐採され、焼かれただけでなく、泥炭地では土中の泥炭まで焼かれ、土中に蓄積していた大量の炭素まで放出されたのです。先住民族や伝統的農業を営んでいた住民が土地を追われコミュニティが失われました。一帯はアブラヤシのプランテーションとなり、パーム油やヤシがらが食品やバイオ燃料として欧州や日本を含む先進諸国に送られています。こうした行為がアブラヤシの植林事業とされ、CO2が吸収される気候危機対策として正当化されているのです。 また、先進諸国と途上国の間の排出権取引もそうです。COP26では、パリ協定における温室効果ガス排出削減量の取引を国際的に行うルールが定められました。これは、他国で実施した温室効果ガスの排出量を削減する事業(再エネの導入や低炭素技術の供与、植林事業など)を通じて獲得したCO2などの削減量を、自国の温室効果ガス削減目標の達成に使用できるようにする仕組みです。先進諸国での実際の排出削減をせず数字上削減することも問題ですが、先進諸国が途上国支配に利用しようと企んでいることも大きな問題です。 ※森林の破壊を防止した量を取引するカーボンクレジットで、予測される破壊の量を過大に見積もりCO2削減量を水増しすることが横行している。 張りぼての脱炭素取引 CO2削減量クレジット過大発行(日本経済新聞) 米バイデン大統領は、トランプ政権のパリ協定離脱を転換し、COP交渉にも復帰しました。しかし排出量を2005年比で50~52%削減するとの約束は、実現困難な机上の空論です。それだけではありません。米国にはもう一つ、巨大な排出源があります。米軍と軍産複合体です。80か国に750以上の軍事基地を抱えますが、軍事活動の70%を占める海外での活動による排出量は、報告から除外されています。F35戦闘機は1時間に5600リットルの燃料を消費し、1900台の車に相当します。米軍を一つの国と見れば、燃料消費だけでみても世界で45番目に温室効果ガスを排出した国となるのです(2014年)。戦争は最大の環境破壊ですが、たとえ戦争しなくとも、武器を生産し、演習を行うだけでも大量の温室効果ガスを放出します。 ※世界最大の温室効果ガス排出者は米軍。気候変動報告書では記載なし、情報公開請求で明るみに(ビッグイシュー) また、フランスなどEU諸国や日本は、原子力発電推進を気候危機対策に位置づけています。しかし、原発には、重大事故の危険があり、事故でなくとも日常的に放射能を大地にも海にもまき散らし、周辺環境を汚染します。処分しようのない廃棄物を生み出します。周辺施設を含めた施設の建設・運転・廃棄の過程で大量のCO2を排出します。原発は気候危機対策にはならず、環境を悪化させるだけです。 「環境か経済か」の論争を経て打ち出された習近平指導部の環境保護重視政策 このように、日米などの先進資本主義国は、「ネットゼロ」「カーボンニュートラル」といった言葉だけで、実際はCO2排出継続の抜け道をひたすら追求しています。これに対して中国は、2060年までの「ゼロカーボン」戦略を打ち出しました。国家としての意思を明確にし、具体的な目標と行動計画を明示し、実行に移してしていこうとしています。 ※「世界はゼロカーボンへ」 決めたのは中国だった(日経ビジネス) 2020年9月の国連総会で、習近平主席は「3060」目標を打ち出しました。CO2排出量を2030年までにピークアウトし、2060年までに「カーボンニュートラル」を実現するという「ダブル炭素方針」です。2021年9月の国連総会では、海外の石炭火力発電所は一切建設しない方針を発表しました。 このダブル炭素目標を実現するために、中国共産党中央委員会と国務院(内閣)は21年10月、気候危機対策の国家としての包括的な政策指針となる「新発展理念を完全・正確・全面的に貫き、炭素ピークアウトとカーボンニュートラルに取り組むことに関する意見」を発表しました。今後これに続いて各地方政府、各業界・企業が具体的計画を策定し、実行に移すことになります。すでに2030年のカーボンピークアウトに向けた「行動方案」(国務院)が発表され、10項目からなる行動計画も明らかにされました。 ※中国、脱炭素「3060目標」で政策着々(日本経済新聞) ※カーボンニュートラルへの取り組み方針発表、具体的な目標も明示(中国)(JETRO) ※【中国キーワード】中国のカーボンニュートラルへの道のり(日経BP総合研究所) ※CO2排出ピークアウト及びカーボンニュートラル、中央レベルの全体計画が発表(中国網) 環境保護を優先する経済政策が、中国共産党の中心となってきたのは簡単な道程ではありませんでした。習近平現国家主席が「環境重視」を掲げた2000年頃、共産党の中では極少数派でした。共産党と政府が環境保護に本腰を入れ始めたのは、2013年の北京での深刻な大気汚染がきっかけです。2020年夏の段階でも、コロナによる封鎖の影響もあり、共産党中央や地方幹部には、「環境よりも経済」というの要求が根強くあり、「14次5カ年計画」(2021~25年)策定時においても、省庁間で激しい論争がありました。そうした消極論を押し切って立案されたのがこれらの計画であり、非常に重みのあるものです。 ※分析:気候変動に対する中国の考えを変えた9つの重要な瞬間(Carbon Brief ) 計画的に経済・産業・消費構造の根本的転換を図る中国の取り組み 中国のダブル炭素目標は、「カーボンニュートラル」という先進諸国が掲げる目標と同じ言葉を使っています。では、中国も同じように言葉だけの対策なのでしょうか? そうではありません。「生態文明建設」「環境社会主義」の理念に基づき、今日のエネルギー多消費型の経済構造、生産・消費スタイル、経済発展のあり方、生活様式に至るまで全面的かつ抜本的に変革することで、真に気候危機の解決をめざそうというものです。以下がその内容です。 第1に、エネルギー資源の節約を最優先課題とした全国的な統一的計画に基づく全面的な省エネ戦略です。生産単位あたりのエネルギー資源消費量、CO2排出量の持続的削減、グリーンで低炭素のライフスタイルを提唱し、CO2排出を発生源と入り口で抑制する方針です。 第2に、エネルギー大量消費に依拠してきた産業構造そのものを大胆に調整・転換します。エネルギー、鉄鋼、非鉄金属、石油化学、化学工業、建材、交通、建築等の分野でのCO2ピークアウト実現の方策具体化、鉄鋼、セメント、板ガラス、電解アルミニウム等の生産能力の等量・原料、石炭火力発電、石油化学、石炭化学等の生産コントロール、さらに次世代情報技術、バイオ技術、新エネルギー、新材料など低炭素産業の発展、インターネット、ビッグデータ、人口知能、5G 等の新興技術との結合、など。無計画な新規石油精製や石炭のオレフィン転換プロジェクトなどは禁止されました。 第3に、再生可能エネルギーへの移行を柱とするエネルギー構造に転換し、安全かつ効率性の高い低炭素エネルギー体制を構築します。化石エネルギー消費の抑制、第14次五カ年計画(2021~25)期間中の厳しい抑制と第15次五カ年計画(2026~30)期間中の減少、石油消費の第15次五カ年計画期間中のピークアウト、風力、太陽光、バイオマス、洋上、地熱等の再生エネルギー開発、集中型と分散型のエネルギー開発、風力と太陽光の地産地消の優先など、非化石エネルギーの積極的発展が明示されています。すでに中国は全世界の再生可能エネルギー増加の約5割を占めています。 ※中国で続く計画停電、原因は“中国流”の脱炭素推進だ(日経ビジネス) 第4に、低炭素交通輸送システム建設の加速。交通輸送構造を転換し、鉄道と水路の運送比率を高めること、高速鉄道網、都市モノレール、バスなど大量公共交通インフラ建設、自転車専用道路や歩道等の建設が重点課題とされています。 第5に、グリーン低炭素技術開発の強化とカーボンシンク(炭素吸収・貯留)技術向上。特に既存の森林、湿地、海洋、土壌、凍土、岩溶等の炭素固定化効果の安定、大規模な国土緑化計画の推進がうたわれました。先進諸国と一見同じように見える大規模植林事業や排出権取引も含まれていますが、その中身は大きく違います。植林事業はあくまでも中国国内で、生態系保護計画の一環として行われ、先進諸国が途上国で進める土地収奪や熱帯雨林破壊を伴う森林開発、新植民地主義的な植林事業などとは全く違います。排出権取引市場も基本的に国内に限定されたもので、共産党・政府が市場・企業の利潤追求を統制する手段の一つでもあります。 第6に、気候変動対策における国際的リーダーシップです。気候危機対策における「相互尊重、公平・正義、協力ウィンウィンの新しい型の国際関係」を構築するために動き始めています。中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)で、先進諸国が拒否した排出削減のための資金援助を積極的に行い、再生エネルギーのための技術・資金提供などアフリカ諸国の気候危機対策に全面的に協力する姿勢を、明らかにしています。 もちろん中国が進める気候変動対策には、まだ不明瞭な点や欠陥もあります。最大の問題は、対策の1つに原発推進を入れていることであり、私たちは中国が原発から撤退するよう望みます。 「1.5℃未満」を実現するために COP26で、日本の岸田首相は、石炭火力の「脱炭素化」を説きました。その中身は、CCUS(二酸化炭素回収・貯蔵・再利用)と、アンモニアや水素を石炭など化石燃料に混ぜて燃やす混焼です。いずれも、実用化の目途が立っているものではありません。にもかかわらず、日本の排出削減計画にはこのあてにならない技術が組み込まれています。結局、国内の石炭火力と、石炭火力の輸出を止めるつもりがないことを見透かされ、環境NGOから「化石賞」が贈られました。 「気温上昇1.5℃未満」を本気で実現するには、経済・産業構造、消費構造を根本的に転換する必要があります。エネルギー消費を劇的に減らすためにも大量生産・大量輸送・大量消費・大量廃棄をもたらす産業・エネルギー構造を変えなければなりません。クルマ社会を改め公共交通機関を使い、つくったその場で消費する地産地消の持続可能な社会に作り替えなければなりません。先進資本主義国に炭素排出「リアルゼロ」に向けた方策を実現させなければなりません。 2022年1月12日 関連記事 (No.41)気候危機との闘い(上) 「共通だが差異ある責任」を巡る、先進諸国と中国・途上国の闘い |
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