9月20日リブ・イン・ピース☆9+25は、名護市議選での基地移設反対派の圧勝を受けて、政府に辺野古移設の断念を要求する街頭署名活動を行いました。参加者は11人でした。今回は少し趣向を変え、三線の伴奏で「安里屋ユンタ」の歌などを歌いながら署名活動を行いました。その甲斐あってか?、たくさんの署名がとれました。
9月12日、米海兵隊の新基地建設が予定される沖縄県名護市の市議会選挙で、基地移設反対を掲げる稲嶺市長支持派が過半数を獲得しました。27議席中16議席を市長支持派が占めるという圧勝です。市長反対派は議席数を減らして11議席となり惨敗しました。市長反対派にも基地移設には反対という議員が何人か含まれていると言われています。稲嶺市長はこれを受けて「海にも陸にも新しい基地は造らせないということを市民は示した。・・・堂々と自信を持って言える環境ができた」と発言しました。 しかしまたもや政府はこの選挙結果の意義を低める宣伝を行っています。北澤防衛相は「既定路線は変わらない」と発言し、菅首相は「民意の一つだ」に貶めています。民主主義を踏みにじる全く許し難い暴言です。 昨年11月8日の2万人超の沖縄県民大会を皮切りに、今年1月の名護市長選では基地反対派の稲嶺進市長が誕生し、2月には沖縄県議会で全会一致の「国外・県外移設を求める」意見書採択、4月25日には読谷村で9万人集会が開催され、そして5月16日には人間の鎖で普天間を包囲しました。沖縄の民意は十分に示されています。米軍基地を沖縄に押し付けるという「既定路線」を根本的に転換すべきです。 基地交付金を使った政府の脅しをはねのけての勝利 今回の選挙結果は多くの人々の予想をも大きく上回る圧勝でした。事前には市長支持派の苦戦が伝えられていました。政府はなりふり構わぬ切り崩しと多数派工作、恫喝を加えました。沖縄防衛局長は、選挙を目前に控えた9月2日、名護市長による移設拒否を理由に米軍再編交付金支給を保留していることを公言しました。マスコミは「辺野古新基地建設は争点になっていない」などと報道しましたが、実際には卑劣にも「交付金が欲しければ基地を受け入れよ」と迫ったのです。 交付金凍結をテコにして反対を封じ込めようとすることは歴代の自民党政権と全く同じ手口です。しかしコンクリートを敷き詰めた広大な滑走路や基地ではなく、うるま市の天願通信所や那覇市の新都心などのように、基地の返還によって商業施設などができたことで数十倍の経済効果・活 性化する事例が次々に生まれ、「基地経済」という虚構が崩れてきました。今回の選挙結果は、交付金に依存したハコモノ行政を有権者が明確に拒否したことを示しています。 危険なオスプレイ配備も住宅上の飛行ルートも隠した「日米合意」
8月31日政府が発表した「日米専門家協議の報告書」は、辺野古新基地の滑走路を「V字案」「I字案」の2案を併記しているだけです。しかし、米側が飛行ルートについて、住宅地の上を含む広大な範囲を提示し、「日本政府は正直に話すべきだ」と議論になり、記載を見送りました。米軍と自衛隊による共同使用についてもあいまいにされています。 オスプレイは墜落事故が相次ぎきわめて危険と言われている軍用機です。飛行ルートも広大になり、騒音も桁違いになります。しかし政府はずっと前からこのことを検討しながらひた隠しにしてきました。それどころか騒音や飛行ルートの環境アセスメントを新たにする必要がないなどと、開き直っています。「日米合意」には、数々の密約が含まれている可能性があります。 「日米合意」を白紙撤回すべき 名護市議選の結果は、このような「日米合意」に明確にノーを突きつけたものです。もはや「日米合意」を実現することは不可能です。即座に撤回しなければなりません。 いまだに「本土」のメディアは、「知事選に影響するのは必至」などとかき立て、あくまで沖縄の問題として11月28日の沖縄知事選まで結論を先延ばししようとしています。仲井真弘多知事は基地についての態度を留保しながら、知事選に出馬する意向を表明しました。これによって、すでに出馬を表明している基地反対の伊波洋一氏(現宜野湾市長)との一騎打ちになることが確実となりました。 しかし、沖縄の人たちはすでに新基地拒否を鮮明にしているのであり、結論はでています。沖縄の人たちにこれ以上苦渋を迫るべきではありません。名護市議選で基地移設反対の結論が出た今こそ、日米安保によって沖縄に不当に米軍基地を押しつけてきた「沖縄差別」を克服していくために、「本土」から声を挙げていきましょう。「日米合意」を撤回し、辺野古新基地を断念すること、普天間基地を今すぐ返還するよう要求していきましょう。 2010年9月20日 |