河野防衛大臣は5月15日に、イージス・アショア配備計画の停止を発表しました。直接の原因は、山口県むつみ演習場に建設予定のイージス・アショア基地からミサイルを発射すればブースターが周辺住民の上に落下するのが避けられないことが明らかになったことです。6月24日夕方に開かれた国家安全保障会議(NSC)は防衛省の決定を受けて正式に秋田・山口への配備計画断念を決めました。ただ、計画全体については「停止」で、「撤回」ではありません。しかし、計画停止は反基地運動にとって大きな勝利です。 イージス・アショア配備は、日本の軍事計画の中心柱の一つです。すでにアメリカに200億近く払い込んだばかりか、現状で契約額は1700億円に達します。政府・防衛省・自民党間で突然の停止発表を受けて亀裂と対立が表面化しました。メディアでは、河野の独断、自民党の防衛族の怒りなど政府支配層内部の矛盾が取り上げられています。しかし、計画を停止させたのは、地元住民、県民の粘り強い反対運動の力です。秋田では県知事も巻き込んだ強力な反対運動が立ちふさがりました。山口でも地元を中心に強力な運動が行われ、特にブースターが落下する阿武町では町長、町議会、さらには住民の半数以上を会員に組織した配備反対町民の会が防衛省の押しつけに立ち向かったのです。そのことをメディアは取り上げません。 安倍首相は記者会見で、「ミサイル防衛に空白を作ってはならない」と言い出し、火事場泥棒的に、憲法違反の敵基地攻撃戦略の採用に進もうとしています。憲法を完全に骨抜きにする暴挙を許してはなりません。 破綻した強引なイージス・アショア配備 (1) イージス・アショア計画は、2017年11月の日米首脳会談で、安倍首相がトランプ大統領の歓心(米国製兵器バイ・アメリカン)を買うために受け入れたものです。いわば安倍の一声で上から決められた安倍案件、安倍の一押しでした。直後にイージス・アショアは日本の軍事戦略の主要な柱に据えられました。2018年12月には新防衛大綱にミサイル防衛の柱として組み入れられました。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の脅威、中国の脅威を煽り立てていた日本政府は、秋田県新屋演習地と山口県むつみ演習地に基地を置くことで、日本全体を三重のミサイル防衛(イージス艦――イジース・アショア――PAC3ミサイル)で覆うことを計画しました。政府はこの計画を「防衛的」と呼びますが、それは真っ赤なウソです。巨大な米の核軍事力、在日・在沖米軍基地や在韓米軍の包囲網で軍事脅迫されている国のミサイル攻撃能力を封殺することは、米と共同で一方的な先制攻撃能力を獲得することに他なりません。それ自体が相手の国に脅威と恐怖を与えるのです。しかも当時、安倍政権は密かに「敵基地攻撃用装備」であるF-35、長距離巡航ミサイル、空母などの導入と組み合わせて、日本自身がアジアで強力な攻撃型軍事力を保有する計画を実現させていたのです。この計画は安倍の「戦争する国」づくりの一環でした。 (2) しかし、安倍の目論見は躓きます。まずは、トランプが米朝対話に動いたことです。2018年の米朝首脳合意と朝鮮半島和平への期待は、逆に攻撃される危険を高めるイージス・アショア配備への地元の人々の反対を強めました。当初からアショアの出すレーダー波の人体への危険性にも強い危惧が表明されていました。そもそもイージス艦は陸地から80q離れるまでイージスレーダーから電波を出すことを禁止されています。それほど強力な電磁波を出すのです。それがすぐ周りに人々が住んでいるところで影響を及ぼさないはずがありません。 防衛省が杜撰極まりない誤った試算でイージス・アショアを押し付けようとした秋田県新屋演習場は、秋田市街地の至近距離にあり、県知事を先頭に反対運動が起きて白紙に戻さざるをえませんでした。結局ゼロから選定見直しになりましたが、それも完全に行き詰まり、再選定の結果さえ公表ができなくなっていました。 山口でもむつみ演習場への建設に反対の声が上がります。電磁波の危険に加えて、海岸から10q離れたむつみ演習場では、ミサイルの発射後に地上に落下するブースターが問題になりました。防衛省は、ブースターは演習場敷地内に落とすから安全だと住民に言い続け、黙らせようとしてきました。しかし今回、防衛省ができると言ってきたブースターの敷地内落下には、ミサイル本体の抜本的改修とプログラムの作り直しに12年の年月と2000億円以上の費用がかかることが明らかになりました。しかもそうするとミサイルがカバーできる範囲が大幅に縮小するのです。防衛省は県・県民にした約束を翻すこともできず、イージス・アショアのメドが立たなくなったのです。 密かに進める「敵基地先制攻撃能力」 安倍政権はその公然化を目論む (1) ところが安倍政権は、計画停止に至る説明責任も果たさず、「敵基地攻撃能力獲得」論議を進めるとしています。6月24日の国家安全保障会議NSCの4大臣会合は、秋田・山口両県へのイージス・アショアの配備停止を認めるとともに、9月の概算請求までにミサイル防衛と代替措置のあり方について検討し、敵基地攻撃能力取得に関する議論を始めること、さらに年末までに国家安全保障戦略改定、防衛大綱と中期防改定に向けて議論を開始することを決めました。公明党の山口代表は、敵地攻撃能力は可能だが保有しないという従来の線を維持すべしと述べました。イージス・アショア停止に対応しては、すでにいくつかの候補が上げられています。[1]イージス艦の増強(8隻から10隻へ)、[2]敵基地攻撃能力獲得、[3]海上への基地建設、[4]その他。 しかし、「ミサイル防衛に空白を作るな」という声とは裏腹に、すでにミサイル防衛は既成事実化し、格段に強化されています。イージス・アショア導入決定の2018年12月に日本が保有するイージス艦は6隻、そのうちミサイル防衛能力を持つのは5隻でした。現在では、来年3月に完成する「はぐろ」を含めれば8隻、特に後半の4隻は最新型で長射程のSM-3UAミサイルを発射でき、他の艦と情報・目標探知・攻撃を分担・共有できる共同交戦能力NIFC-CA能力を持っており、格段に強力になっています。第7艦隊のイージス艦と合わせると15隻前後のイージス艦戦力が日本周辺に配備されています。これほど多数のイージス艦戦力が密集する所は世界に例がありません。陸上発射の対空対弾道ミサイルPAC-3も最新型のMSE型に更新が進められ能力が強化されています。「空白を作る」どころか、着々と強化されています。 (2) そもそもミサイル防衛で、自衛隊は米軍の統合防空ミサイル防衛構想IAMDへの統合を進めています。IAMDはミサイル防衛の最新かつ最も攻撃的なプランです。すでに日本は米の先制攻撃態勢に組み込まれているのです。近年、高速滑空弾や極超音速ミサイル等、迎撃を回避する兵器の開発が進んでいます。これに対抗するために、米は弾道弾、巡航ミサイル、航空機の全部に使えるSM-6ミサイルを開発しています。そして人工衛星、地上レーダー、イージス艦とアショア、早期警戒機等、F-35やその他の戦術レーダーを統合し、弾道弾、巡航ミサイル、航空機の全部、最新の滑空型ミサイルや極超音速ミサイルに対抗することをめざしています。これがIAMDなのです。日本もSM-6開発に協力しています。さらにIAMDは、ミサイル発射基地そのものに対する先制攻撃を不可分の構成要素としています。前線に突っ込んでいく多数のF-35をレーダーとして情報を得て、発射前の状態でも相手のミサイル発射基地・車両に対する情報を把握し攻撃することが可能であり、そのように運用される予定です。従来のミサイル防衛が対応できない新技術ミサイルにも対応し、無力化を目論んでいるのです。 「敵基地攻撃能力」をこれから議論し導入するというのは全くのでたらめです。2018年の防衛大綱と中期防はF-35の大量装備、それに配備する長距離巡航ミサイルJSMとJASSMの導入、ヘリ空母の空母改装を決めました。憲法の制約を踏みにじりとうとう敵基地攻撃能力獲得に踏み出したのです。F-35とJASSM(射程900q)の組み合わせでは2000q離れた目標に対する攻撃を行うことができます。黄海に進出すれば北朝鮮はもちろん中国の北京も攻撃範囲に収めることができます。空母とF-35とJASSMの組み合わせで南シナ海をはじめ行動攻撃範囲は飛躍的に広げるつもりです。中国沿海の大部分の地域を攻撃射程に収めるものです。さらに超音速ミサイルASM-3(改)や高速滑空弾の開発も進めています。いずれも技術革新で相手の防御力を無力化し、攻撃力の強化を狙っています。 (3) 歴代政府は、日本がミサイル攻撃を受けた場合、発射基地への攻撃に「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」と、敵基地攻撃への余地を残してきました。しかし、同時に「他国を攻撃する、攻撃的な脅威を与えるような兵器を持つことは憲法の趣旨ではない」としてきたのです。 今回の敵基地攻撃能力の提起は、上のように密かに進める日米一体の先制攻撃能力を公然化し、政治的制約を根本的に取り除くこと、現在日本が保有を進める敵基地攻撃能力を全面的に解禁し、憲法を骨抜きにすることを狙っています。安倍政権らしいやり口です。 しかし、安倍政権は末期症状にあります。今回のイージス・アショア計画の停止は、地元住民が一致団結し、粘り強く闘い続けるなら、押しつけられた計画を跳ね返せることを示しました。沖縄・辺野古や石垣、宮古島など政府から一方的に基地建設を押し付けられながら闘っている反基地運動を大いに力づけるものです。辺野古でも軟弱地盤に伴う予算・工事期間の大幅超過が明らかになっています。宮古島で弾薬庫が建設されようとしている保良地区の住民は、地対艦誘導ミサイルのブースターが島内の住宅地に落下して被害が生じるおそれがあることを問題にしてきました。住民運動は、今後も落下範囲等について資料の開示と説明を求め、計画の中止を迫ろうとしています。 今回のイージス・アショア計画停止を、沖縄の辺野古・宮古島など新基地建設阻止に連帯する闘いにつなげよう。米帝国主義の対中国主敵論、対中包囲強化政策に迎合し、「戦争する国」づくりに突進する安倍政権を追い詰め、打倒しよう。 2020年7月17日 |
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