『正社員が没落する ――「貧困スパイラル」を止めろ!』(角川oneテーマ21)という本を読みました。 自立生活サポートセンター 「もやい」の、そして年越し派遣村の湯浅誠氏と、『ルポ貧困大国アメリカ』の堤未果氏の共著です。 先週の金曜日、湯浅氏が『報道ステーション』に出ていましたが、そこで話していたことが、ちょうどこの本に書かれている内容でした。 新自由主義の下で進んだ「格差社会」の深刻さについては、既に誰もが感じていると言っていいくらいですが、それを克服するための運動は、あちこちで粘り強く継続されているとはいえ、状況を大きく変えるほどの力は持ち得ていないのが現状です。 それには、生活を脅かされている圧倒的多数の人々が、分断され、お互いに対立させられ、本当の「敵」から目をそらされていることが大きいのではないでしょうか? 職を奪われた非正規労働者に対して、「甘えている」、「そういう生活を自分で選んだ」などという批判は、いまだに広く存在します。 一方で、公務員や正社員などいわゆる「中間層」に対しては、「税金で養ってもらっている」、「給料に見合った仕事をしていない」といった攻撃がされています。 この本は、そうした分断の構図を乗り越えるよう呼びかけます。正社員vs.非正社員、公務員vs.民間など、作られたニセの対立に目を奪われていては、権力者の思うつぼ。私たちは「格差社会」の本質を見抜かなければならない、と。 例えば、湯浅氏は、生活保護切り捨ての“水際作戦”について、こう語ります。 「生活保護申請者を踏みにじる無理解な福祉事務所」という構造は一見わかりやすいが、実態はそれほど単純ではない。福祉事務所側からすれば、申請者がどんどん増えているのに職員の数は増えない。職員の負担は増える一方。かつては、対応が難しいケースは所内で検討会などが開かれ、ノウハウが蓄積されたが、今はそうした余裕もない。疲弊した職員には、申請者が「権利ばかりを主張する」と映る‥‥。 堤氏は、米国での例を挙げます。 貧困層の高校生をだまして入隊させる軍のリクルーターへの批判が沸き起こったが、実はそのリクルーターたちも、毎月の新兵ノルマ数をこなせなければ即前線に送られることに怯えていた。彼もまたこの仕組みの中の一被害者だった。 闘うべきは相手は、自分たちから理不尽に搾取するシステムそのものなのに、その下にいる者がお互いにいがみあってしまうことで、本当の敵が見えなくなります。 そして、ニセの対立に目を奪われるなという訴えは、「中間層」の人たちに対しては、下からの訴えに無関心でいると、いずれ自分の首を絞めることになる、という警告でもあります。 格差、あるいは貧困を問題にする言説は星の数ほどあっても、こうした視点は、それほど多いとは言えません。その点、この本は貴重で、大いにうなずかされました。 湯浅氏は、「NOと言えない労働者」と名づけた存在に注目します。 職も住居もない労働者は、職を選ぶ自由がない。給料が日払いでもらえる仕事でなければならない。寮付きの仕事しか選べない。「寮付、日払い可」というのは低賃金・不安定就労の見本ですが、他に選択の余地はありません。これが「NOと言えない労働者」です。 この「NOと言えない労働者」が増えれば、労働条件が劣悪な職場にも人が集まります。安い労働者を使うほど利益も高くなり、労働者を大事にする企業は競争で生き残れません。労働条件は、全体としてますます悪化します。 湯浅氏は、これを「貧困スパイラル」と呼びます。 よく「仕事をえり好みするな」と言われるが、それによって「NOと言えない労働者」を作りだし、全体の労働条件を悪化させ、そう言っている本人に跳ね返ってくるのだ、と湯浅氏は強調します。 だから、貧困は一部の人だけの問題ではない、と。 実際、周囲が地盤沈下することで相対的に上がった部分(正社員、公務員、‥‥)が「恵まれすぎ」と攻撃され、「自分はそれに値する」という立証責任を負わされ、過重な労働を課せられているのが今の事態です。 「NOと言えない労働者」は、政策によっても生み出されます。例えば、失業保険は、2001年までは7ヶ月支給されていたが今は3ヶ月。すぐ無収入になるから、目の前にある仕事に飛びつくしかなく、選ぶことができない。雇用保険は、労働市場の質を維持する、劣化を止めるためにも必要なのです。 だから、「ダメな落ちこぼれのために、どうして俺の税金が使われるんだ」という、“セーフティネット=お荷物論”から脱却して、労働市場の劣化による際限のない値崩れ、細切り化を防ぎ、労働市場の質を保つためにこそ必要、それが自分たちのためでもある、という“セーフティーネット=必要経費論”に頭を切り換える必要があるのです。 湯浅氏は、そもそも日本では、教育費や医療費など、普通に生活していくのにかかるコストが高すぎることを問題にすべき、と言います。 正規労働者の賃金を下げて、非正規労働者の賃金を上げるというのは、解決にならない。生活のためのコストがかかりすぎるのだから、わずかな賃金を奪い合うことに意味はありません。 労働市場の外側の、生活コストの問題に目を向ける。そうすれば正規・非正規の利害が一致するはずです。 目先の対立を乗り越えて、もっと根本的な問題、大きな貧困化の進行と、社会の歪みに目を向けること。進む道はそれしかないと思いますが、日本での、そのための突破口はどこにあるのでしょう? 2009年6月24日 |