今回紹介するのは、昨年11月17日に放送されたNHKスペシャル「微笑と虐待−証言アブグレイブ刑務所事件」である。この番組には、アブグレイブ事件の当事者たち――現場にいた兵士、監獄の責任者、事件の告発者たち――が登場する。これら拷問・虐待に関わった人たちのその後を取材する中から、ブッシュ政権中枢が関与した組織犯罪としてアブグレイブ事件を描き出している。軍規を逸脱した異常な指揮系統と上層部の関与、末端に対するトカゲのしっぽ切り、内部告発者の社会的抹殺など、アブグレイブで行われた犯罪行為だけでなく、米軍中枢を巻き込む、「対テロ戦争」の不可欠の要素としての拷問・虐待システムを問題にしている。 とりわけ、イラク人拘束者の前で微笑を浮かべポーズを取った写真の中の女性、インディ・イングランド元上等兵は軍事法廷で有罪判決を下された後、映像メディアの前に立つのははじめてという。この番組は、米政権が忘却したい事件の核心、すなわち事件への米軍上層部の組織的関与を当事者たちの証言から浮かび上がらせる構成となっている。第一級の戦争犯罪である「アブグレイブの虐待・拷問・虐殺」は、ブッシュ政権の掲げた「対テロ戦争」の最重要の一部をなす。 私たちは、2004年の事件発覚当時アブグレイブ事件について調べを進めていく中で、虐待・拷問・虐殺がブッシュ政権が推し進める「対テロ戦争」=先制攻撃戦略と不可分に結びついていること、ブッシュ政権の中枢が関与した組織的な戦争犯罪であることに行き当たり、パンフレット『アブグレイブ:ブッシュ政権中枢の第一級の国家戦争犯罪』(2004年10月 署名事務局)を発行した。番組の中の当事者たちの証言は、まさにこの結論を裏付けるものとなっている。 ※アブグレイブ:ブッシュ政権中枢の第一級の国家戦争犯罪――「対テロ戦争」=先制攻撃戦略に組み込まれた組織的虐待・拷問・虐殺システム――(A4判102ページ 頒価 1部700円+送料) 昨年12月、米上院は「グアンタナモ収容施設における過酷な尋問手法を、ラムズフェルド前国防長が容認したことが虐待が横行した直接の原因」とする報告書を提出した。その内容の多くは非公開ではあるが、議会ですらも、ラムズフェルドをはじめとする政権中枢の様々な関与を無視できなくなっていることを示している。 ※「グアンタナモなどの虐待はラムズフェルド氏らに責任」、米上院報告書(AFP) アブグレイブは終わっていない。「当事者」たちにとってアブグレイブが終わっていないだけではない。オバマはブッシュ政権の下で国防長官をつとめたゲーツを留任させ、「対テロ戦争」を引き継いでいる。様々な意味で米国社会は「対テロ戦争」のまっただ中にある。アブグレイブを追及することは、グァンタナモ基地やバグラム空軍基地を追及することであり、「対テロ戦争」を追及することである。 ※米占領下アブグレイブ“強制収容所”における第一級の国家犯罪・戦争犯罪 獣と化した米軍による異常で病的な虐待・性的陵辱・拷問・虐殺の大規模な組織化。(署名事務局) 1.アブグレイブ事件は、「対テロ戦争」遂行のため軍上層部が企てた組織的犯行だ 番組は「アブグレイブ事件」の核心、すなわちブッシュ政権中枢の関与にまで踏み込んでいる。番組は、アブグレイブ事件にかかわった3人の証言から構成されている。その中の一人、第372憲兵大隊のリンディ・イングランド元上等兵は2005年9月、軍事法廷において禁固3年の刑が下された。同じく第372憲兵大隊のジョセフ・ダービー元兵長。この事件を告発者だ。彼が上層部に事件を伝えなければ、アブグレイブ事件は知られることなく、永遠に闇に葬り去られていたかもしれない。そしてアブグレイブの監督責任者であったカーピンスキー元准将。彼女は事件への上層部の関与を主張し続けてきたが、部下の監督責任を問われ降格、その後除隊している。 番組では証言を通して浮かび上がる事件をめぐる真相――アブグレイブにおける虐待・拷問・虐殺の数々に軍上層部が積極的に関与していた――この点が明確に示唆されている。番組を見た誰もが、おぞましい事件への軍上層部、ブッシュ政権中枢の関与を予感したはずだ。ブッシュ政権が、アブグレイブ事件をうやむやにするために7人を容赦なく切り捨てたことを、番組は証言を元に、非常によく構成している。 リンディ・イングランド元上等兵の証言 7人の「被告」の中の唯一の証言者であるリンディ・イングランド元上等兵から発せられる言葉の端々には、無実だと信じていた自分が巨大な権力によって犯人に仕立てられていったことへの戸惑い、あきらめ、失望へと変っていった心情が表れていた。彼女は高校までトレーラーハウスで生活するような貧しい家庭で育ち、大学へ行く資金を得るために入隊、愛国心に満ちイラクへと発った、あまりに純朴だった彼女の一言一言は重い。巨大な戦争システムの中では、彼女自身もブッシュの侵略戦争の被害者なのだという思いも強くなる。事件発覚当時、彼女はなぜ自分が訴追されるのかよく分からなかったと語った。「私はあそこにいただけ。フレームの中にね」。「仲間が写真をとろうとした一瞬にイラク人のそばにいただけ」。「あの刑務所では虐待は日常的だった」。・・・「あれは日常的なことだった。イラク人のことなど頭になかった」。証言は、「おぞましい」と世界から糾弾されたイラク人に対する行為の数々が、部隊の中では認められた日常的な行為、許容された任務の一つであったことを明言している。たまたま通りがかって、フレームに収まったのだと。そして、このような行為を奨励したのが上官だったと語った。彼女の証言には、軍の上官のみならず、“CACI”と“タイタン”の民間軍事会社の尋問官たちも登場する。 イングランドは語る―― ――「みんな虐待と呼んでいますが、私は命令があったと思っています」。 ――「あの場にいた憲兵たちは、命令があったといったんです」。 ――「民間軍事会社の尋問官からほめられた。・・・・あのとき虐待は許されていた」。 ※イングランドについては、昨年5月に以下のインタビューがある。この中ても、上官に虐待写真を見せたら絶賛され、一層奨励された事実などを語っている。 Convicted Abu Ghraib Guard Lynndie England Blames Media for Controversy カーピンスキー元准将の証言 番組での中のカーピンスキー元准将の証言も、軍上層部の関与を裏付けている。カーピンスキー元准将は、ブッシュ政権が7人の兵士だけに全責任を負わせたことに怒りを隠さない。7人の「被告」を裁いた軍事法廷の結論は、はじめからレールが敷かれていたというのである。そして、事件発覚後のブッシュ政権、国防総省上層部の戸惑い、怒りの真相についても語る。 カーピンスキーは語る ――「・・軍のどの判事が大統領の発言に逆らえるのでしょうか。大統領は『有罪だ。ハメをはずした腐ったリンゴだ』といったのです」。 ――「政府最高レベルの・・・チェイニー、ブッシュ、ラムズフェルドが憤ったのは、実は写真の存在だったのです」 ――「彼らが言いたかったことは『あの兵士どもは、よくも写真なんか撮ってくれたな』、『写真によって拷問の新しい定義を世界に知られてしまったではないか』、『兵士がカメラを持ち込んだせいだ』、『奴らは何で写真なんか撮ったんだ』」 またカーピンスキーの証言は、なぜあのような虐待・拷問が行われることになったのかの理由も明らかにする。彼女は、大規模戦闘終結宣言から80日、大量破壊兵器もサダムフセインも見つからない中で焦りを見せ始めた米軍は、7月末のモスル作戦において、アブグレイブを拠点に片っ端から住民を捉え拷問を加えるという戦術を採り始めたという。でっち上げによって始めた戦争の行き詰まりを、無実の人々を拘束し拷問することで打開しようという戦術だったというのである。個々で捉えられた無実の人々は数万にも及ぶ。 2.異常な指揮系統――ミラー少将の決定的役割への言及 番組は、アブグレイブ事件につながる異常な軍指揮系統が採用されたことに言及している。アブグレイブにおける虐待・拷問・虐殺が本格化する前後の軍指揮系統(chain of command)の違いを図示し、その節々に登場する人物を取り上げていた。その主要な内容は、アブグレイブの監督権を諜報旅団に移したこと、第372憲兵中隊を憲兵大隊と民間軍事会社の指揮下に置いたことである。この指揮系統の変化、これこそが、上層部の関与を示す明瞭な証拠だ。なぜならば、部隊間、軍組織の指揮系統の変更は、国防総省上層部、政権中枢の承認なくしてはあり得ないことだからである。 パンフレット『アブグレイブ:ブッシュ政権中枢の第一級の国家戦争犯罪』において私たちは、この点こそが政権中枢の事件への関与を示す最重要な点であることを指摘し、以下のような図を作成した。(図1)
ミラーは以下のように語ったという。 ――「・・有効な情報を得るために、今後は強硬な尋問テクニックを使ってもらう」。 ――「諸君は彼らを丁重にもてなしすぎる。だから彼らは尋問に協力的でないのだ」。 ――「グアンタナモでは、協力的な姿勢を示すまで、奴らを犬のように扱う。君たちも、犬のように扱わなければならない」。 ミラーは、アブグレイブを拘留センターではなく、イラク全域の尋問センターにすると語ったという。このような言葉をミラー少将から直接聞いたと語るカーピンスキー元准将の言葉は、ブッシュ政権、国防総省上層部はアブグレイブの「グアンタナモ化」を目指し、ミラー少将にその任務を与えたことを証明するものだ。私たちは事件を調べる中で、CIAもまた尋問に参加していた証拠も見つけた。番組の中で語られた当事者たちの証言は、まさに、アブグレイブ事件における軍上層部、ブッシュ政権中枢の関与を裏付けるものである。 そのミラー少将は事件発覚後、「不適切で不法な行動を取った少数の兵士がいたということだ」と語り、自らの責任を全く棚に上げ、以降一切の取材を拒否しているという。腐りきった米軍の体質である。 以下の図2は私たちが当時作成した、ミラー少将を中心とした指揮系統図である。
まず図3では、憲兵旅団→憲兵大隊→第372憲兵中隊という正常な指揮系統と並列して、諜報旅団が看守・尋問を担当するが、その看守部門が第372憲兵中隊の任務に移される。本来軍隊の治安管理を任務とする憲兵隊が収容者の看守を行うことが大きな転換である。 図3 図4 3.内部告発者の氏名を公表することで社会から抹殺したラムズフェルド 番組を通して最も驚かされたことの一つは、アブグレイブ事件を告発したジョセフ・ダービー元兵長の消息についてである。番組の中で、ラムズフェルドは公聴会において任務に忠実だった軍人として彼の名を読み上げたシーンが紹介されていた。 ――「・・その責任感がある兵士について触れたい。それは、ジョセフ・ダービー兵長だ」(公聴会発言)。 ジョセフ・ダービーはその時の衝撃について語る。ジョセフがたまたま昼食を取っているときにラムズフェルドがテレビに映り、彼の名を呼び上げたのである。ジョセフは、いつかばれるとは思っていたが、まさか国防長官が全国放送で突然自分の名を明かすとは夢にも思わなかったと語る。それは恫喝と制裁、報復以外の何ものでもなかった。 当時、私たちはその意味が、すなわち、なぜラムズフェルドが個人名をあえて出したのか、この意味について分からなかった。しかし告発者であるジョセフ・ダービー元兵長のその後が、彼自らの口から語られるにつれその意味がはっきりした。ラムズフェルドをはじめとする米軍、ブッシュ政権は、仲間を裏切った者として、彼に懲罰を与えたのである。 彼はラムズフェルドによって名前を明かされた以降、故郷にも戻れず、まさに「逃亡者」となったという。彼の家族も故郷を捨てざるを得なくなり、二度とそこには戻れなくなった。彼は、部隊の内部告発者=裏切り者の汚名を着せられ、今なお生命の危険にさらされているというのだ。ラムズフェルドはジョセフ・ダービーの「功績をたたえる」ことで、社会からの抹殺を図ったのである。 4.アブグレイブの責任とその継続 7人の「腐ったリンゴ」を有罪にした軍事法廷では何が裁かれたのか。イングランド元上等兵の罪状は、「写真を撮った共謀罪と写真でわいせつなポーズをとった行為とそのポーズで相手に与えた残酷な虐待」だった。その他の6人の罪状も同様なものである。つまり、ブッシュ政権と米軍上層部は、写真の前でポーズをとったこと、写真を撮影したこと、このことだけを法廷で問題にしたのだ。米軍は、アブグレイブの犯罪そのものについては、何も裁かなかった。上層部が責任逃れを決め込んでいる限り、これ以上の判決を下しようがない。 アブグレイブの責任の所在を問題にするや、現場の7人の指揮系統の問題、彼らの上官、さらに軍上層部の関与、さらにはブッシュ政権中枢にまで類が及ぶ。だからこそ彼らは、事件に蓋をかぶせたわけだ。また、アブグレイブの事件を調査し陸軍報告書としてまとめたタクバ少将は、その内容があまりにも正直すぎたためであろうか、左遷された。これが、全世界を驚かせたアブグレイブ事件に対するブッシュ政権の回答であった。 米国が「対テロ戦争」を継続する限り、アブグレイブは続いている。アフガンをはじめとする全世界には、米軍、CIAのジュネーブ条約が適用されない“無法地帯”“グレーゾーン”の違法な収容施設が存在し、虐待・拷問行為が繰り広げられている。オバマの、「グァンタナモ」閉鎖表明だけでは何もしていないのと同じ事だ。「アブグレイブ事件」の責任を追及し続けること、この事件にかかわったブッシュをはじめとする政権中枢、国防総省上層部の関係者を国際法の下で裁くことが必要だ。 アフガンにおける「対テロ戦争」の継続と拡大とは、住民を銃火にさらし虐殺を続けることであり、バグラム空軍基地をはじめ「テロリスト」収容施設の名の下、無実の住民を拘束・虐待し続けることなのである。 (『アブグレイブ:ブッシュ政権中枢の第一級の国家戦争犯罪』より) 2009年2月23日 [パンフレット紹介] (A4判102ページ 頒価 1部700円+送料) ご注文は電話かメールでお願いします。パンフレットと振り込み用紙をお送りします。 TEL 090-5094-9483(事務局 大阪) E-mail info@liveinpeace925.com 郵便振替 00910-5-107564 |