[紹介]「ダラエヌールの子供たち」伊藤和也写真集
子供たちのまっすぐな瞳と和んだ表情に映し出された伊藤さんのメッセージ
石風社 (2009/09) 2625円
 伊藤和也さんは2003年12月、アフガニスタンに赴きペシャワール会の現地活動に参加した。最初の数ヶ月は水路建設作業に加わり、2008年8月26日に拉致・殺害されるまで、ダラエヌールの試験農場担当として働いていた。詳細は「アフガニスタンの大地とともに」伊藤和也 遺稿・追悼集を読んでほしい。
[書籍紹介]アフガニスタンの大地とともに―伊藤和也遺稿・追悼文集(リブ・イン・ピース☆9+25ブログ)
[番組紹介]NHKスペシャル「菜の花畑の笑顔と銃弾」――伊藤和也さんが命を懸けて伝えたこと(リブ・イン・ピース☆9+25)

 この写真集は、何か意図して撮られたものではない。伊藤和也さんが農家の子供たちに慕われ、せがまれて撮ったものである。編集者は「農作物の成育状況を記録した写真以外にも、村の子供たちを中心にたくさんの写真を撮っていたことを初めて知った」と言う。
 写真を一枚一枚見ていくと、そこには、空爆・戦乱、大干ばつによって疲弊し人心までも荒廃させられたアフガニスタンとは異なる、穏やかな村の日常が映し出されている。一枚一枚の写真に写った子供たちのまっ直ぐな瞳とその和んだ表情から生み出されてくるものにちがいない。9,11以後の米国の空爆と、2003年の大干ばつまでは食料自給率が90%という農業大国であったことも思い起こされる。
 巻末に伊藤和也さんのペシャワール会への報告文が載せられている。その中の一部を紹介したい。志望動機について、「子供たちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています」と。2005年、2006年には「近隣の農家の人達と大分打ち解けてきたのではないかと・・中でも周辺の農家の子供たちに名前を覚えられ"イトー、イトー""イトー写真とって"と声をかけられる」と。「ファーマーだけでなく彼の子供たち、孫たち、また近くの家の子供たちとも仲良くなり、男の子、女の子を問わずよく農場や休憩所に遊びに来るようになりました」と。
 2008年の試作中のブドウを「盗られた」話は、心うたれ、写真を何度も見たくなる。伊藤さんがせっかく手塩にかけて育てているのに、熟すのを待ちきれずに、まだまだ青いブドウを子供たちが盗りに来るのだ。そんな話の中にも伊藤さんの人柄が感じられる。
 編集後記を書いたペシャワール会事務局長福元満治氏は「私はこの写真集を編集しているときに天啓のようにあるメッセージを感じた。大げさかもしれないが、今はそれを言葉にすまいと思う」と。
 私も何度もこの写真集をひらいた。
 しなければならないこと、してはならないことがメッセージのように感じられてくる。
 3万の兵士を増派したオバマ政権、50億ドルの支援を約束して、オバマ政権のアフガニスタン戦争を支持する日本政府。強化された空爆の下には、穏やかな村の日常があり、子供たちのまっすぐな瞳と和んだ表情があることを多くの人に知ってもらいたい。また多くの人にこの写真の子たちや亡き伊藤和也さんと対話してもらいたいと思う。きっと、誰もがそれぞれの『天啓のようなメッセージ』を感じるだろう。

2009年12月24日
リブ・イン・ピース☆9+25