最近ニュースを見るとき、「アメリカがイランに爆撃開始」という悪夢のニュースが飛び込んでいないかと一瞬どぎまぎし、そのニュースがないことにほっとしてしまう自分がいることに気がついた。私にその恐怖を植え付けた一因となったのが、この映画『VICE(バイス)』だ。 『VICE』はその題名通り、「アメリカ史上最強(最凶)の副大統領」と称されている、ディック・チェイニーの生涯を描いた映画だ。映画はチェイニーの若き日から始まる。飲んだくれで大学は中退となり挙句の果てには飲酒運転で刑務所へ。恋人(後の妻)リンからは「今度(飲み過ぎて醜態をさらしたら)絶交」とまで宣言される。「改心」したチェイニーは連邦議会のインターンとなり、そこで生涯の師となるラムズフェルド(当時は共和党下院議員)の秘書となる。その後は共和党の大統領が当選するたびに順調に「出世」し、ついにはブッシュ(息子)政権の副大統領にまで上り詰める。 大まかなあらすじだけ見ればチェイニーの単なる出世物語かと思われるかもしれないが、この映画の神髄は、なぜチェイニーが「最凶」といわれるのかに、あくまで映像で迫っているところだ。それはチェイニーの顔だ。眼鏡の奥の人を刺すような鋭い眼光と、口元を少し曲げ実際は相手を威圧し凍り付かせるその微笑。それらで相手が絶対に「NO」を言えない雰囲気を作り出す。その顔がスクリーン一杯に大写しになる場面が2回ある。この2回がこの映画のハイライトでもある。 1回目は大統領選挙戦中のブッシュ(息子)が副大統領候補となるようチェイニーに要請する場面。その時チェイニーはあの相手を威圧する表情を浮かべて、ブッシュに次のように言い放つ。「今までの副大統領は単なる『お飾り』だった。だけど私がなったからには自分のできるところだけを行おう。それは内政、軍事、エネルギー、外交だ」。すなわちブッシュに対しあなたは何もする必要がなく単なるお飾りに徹しろ!と迫っている。結局ブッシュはチェイニーの威圧に屈し「その通りだ」と事実上ひざまづく。 2回目はあの9・11が起こった時だ。多くの政権幹部や連邦職員が茫然自失し逃げまどっている中、ただ一人、絶好の好機到来と、微笑どころではなく大きな笑いをこらえるのに必死という表情を浮かべる。この後は、電光石火のごとく国防総省とCIA内に「チェイニーチーム」を作り上げ、あらゆる情報を収集し、CIAの拷問を復活させ、米国民の世論誘導のためにマスコミを操作し、ついにはサダム・フセインが「大量破壊兵器を作り保管している」というフェイクをでっちあげ、イラク開戦へのストーリーを作り上げ開戦に持ち込む。 この映画ではチェイニーの威圧を最大限発揮するためにあくまで本人に「似せる」ことを追及する。主役のクリスチャン・ベールはチェイニーの口元を少し曲げてしゃべる癖の会得のために5か月ものトレーニングを積んだうえ、20kgも体重を増量し撮影に臨み、さらに実際の撮影には5時間もかけて特殊メイクを施した。それは何もチェイニーに限ったことではなく、ブッシュ政権の閣僚を演じた俳優たちも同様で、特にラムズフェルドとライスは秀逸だ。 この種(=出世物語)の映画は、主役チェイニーが政権から去ったところで、ジ・エンドになるのが普通なのだが、『VICE』はわざわざ最後に二つの逸話を挿入している。一つは、チェイニーが心臓発作で倒れ生死の淵をさまようが、手術で生き返ったという逸話だ。そしてもう一つが、チェイニーの「申し子」3人が今のトランプ政権の中枢にいるとして、フラッシュバックすることだ。その3人とは、ペンス(副大統領)、ポンペオ(国務長官)、ボルトン(大統領補佐官)だ。この2つの逸話の挿入は、チェイニーの行ってきたことが、今のトランプ政権に脈々と受け継がれ、その政策の中で息を吹き返しているという警告なのだ。 映画を見終わって、『VICE』の警告を現実のものにするのではなく、運動の力で是非とも杞憂に終わらせなければと、決意を新たにした。 2019年5月25日 |
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