[投稿]沢知恵コンサート「りゅうりぇんれんの物語」
あの時から、私たちの国は、どう変わったのだろうか


沢知恵「りゅうりぇんれんの物語」@吹田メイシアターに行って来た。

小ホールは、5月に相応しくないほど肌寒い小雨の中、満員御礼の状態。
小さな子ども連れの夫妻も見かけたが、やや白髪交じりの女性の方が多かったようだ。

公演はこの物語だけで80分近く。長い長い物語の始まりに、やや緊張と憂鬱をかかえて臨む。
黒いドレスで現れた沢知恵の表情にも、張りつめた緊張感が漂っている。

感じていた憂鬱も緊張も、いつのまにかどこかに行ってしまったかのように、一気にこの物語に引きずり込まれた。
舞台は、いくら眼を凝らしてみても、グランドピアノと沢知恵しかいないのに、
私の目には、酷寒の北海道の原野や連なる山々が見えたり、中国山東省の村の人々が見えたり、
映画館のスクリーンよりも鮮明に、その映像は流れているように見える。



ある朝、山東省の農夫である劉連仁(りゅうりぇんれん)は、サツマイモをかじりながら親戚の家に向かう途中で、
日本軍に捕まり、船に乗せられ、函館に連れてこられた。暗い船底で、絶望の淵にたちながらも、
結婚したばかりの妻と、そのお腹の子どもを思う。
北海道の炭坑での強制労働。ひどい待遇に逃げ出す仲間が続出するが、引き戻されたあげく、殴り殺されてしまうことも度々おこり、
それをじっとみているしかない自分自身の無能さをなげく。
雪が消えたころ、彼はトイレの汲み取り口から汚物まみれになってはいだし、それ以来逃亡生活が始まったのだ。

沢で身体をあらっていると、同じように脱走した仲間たちと出会うのだが、しばらくすると2人が捕まり3人での逃亡の日々。
陸地続きで朝鮮に渡れるはずだと信じ切っていた彼らが向かった先、行き着いてみるとそこは稚内。見渡す限りに海しかない。
このあたりでどうやら日本が島国なのだということが本当らしいと気がついた。
昼は眠り、夜に畑からさまざまなものを調達して、山の中に掘ったあなぐらでの生活。雪の半年以上は穴の中で膝を抱えて暮らし、雪が溶けた頃に、歩き始める。穴の中での故郷を語り続ける。その故郷は、日本軍に痛めつけられているところ。何度も目撃したことを語り合う男達。

「俺は見た
理由(わけ)もなく押切器で殺された男の胴体
生き埋めにされる前 一本の煙草をうまそうに吸った
一人の男の横顔 まだ若く蒼かった……
俺は見た 女の首
犯されるのを拒んだ女の首は
切落されて臀部から生えていた
ひきずり出された胎児もいた」

釧路の近くで、仲間の二人が捕まってしまい、彼は一人でこの「旅」を続けることになる。絶望のあまり自殺を図ったものの、死にきれずに、是が非でも生き抜く決意をしたという。
山の中の洞穴生活を何年も何年も続けていくうちに、彼はもう何年経ったのかもわからない。獣と同じような生活を、余儀なくされた14年。

ようやく発見された時、14年もの月日が経っていた。しかし、彼にスパイ容疑までかけられる。
山東省の彼の村だけでも、800人もの男達が、そして中国全体では、10万にものぼる人々が強制連行され、人間として扱われないばかりか、殴り殺されたり、いまだに行方のわからないものもある。
それらの人々に対しても、
「「行方不明」
「内地残留」
「事故死亡」
たった一言でかたづけられている」

「昭和三十三年三月りゅうりぇんれんは雨にけむる東京についた
罪もない 兵士でもない 百姓を
こんなひどい目にあわせた
「華人労務者移入方針」
かつてこの案を練った商工大臣が
今は総理大臣となっている不思議な首都へ」

「ぬらりくらりとした政府
言いぬけばかりを考える官僚のくらげども
そして贖罪と友好の意識に燃えた
名もないひとびと
際だつ層の渦まきのなかで
りゅうりぇんれんは悟っていった
おいらが何の役にもたたないうちに
中国はすばらしい変貌を遂げていた
おいらが今 日本で見聞きし怒るものは
かつのての祖国にも在ったもの
おいらの国では歴史のなかに畳みこまれてしまったものが
この国じゃ
これから闘われるものとして
渦まいているんだな」

彼はようやく故郷へ帰りつき、妻と息子に迎えられ、村の人々の大歓迎をうける。
彼と彼の家族の14年を少しずつ埋めていく。



終演しても、誰も声を出せない。沢知恵の「ありがとうございました」という発声で初めて拍手が響きだした。
私は涙がボロボロ流れ落ちてきて、どうすることもできなかった。

りゅうりぇんれんが発見され保護された1958年以降、私たちの国は、どう変わったのだろうか。
どんな風にこの人々に謝罪をしたのだろうか。
そして、そんなことさえ忘れてしまっているこの国の人々の心に、もっと伝えていかなければ、何も変わることはない。
また同じような道にもどろうと企む「ぬらりくらりとした政府」が今も政権を握っているのだから。
人々にどう伝えて、人々の心をどう動かすことができるのかは、私たちに課せられた、とてつもなく大きな宿題なのだと思う。

2009.5.7.Keiko

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