紹介 李政美の新しいCD『おとと ことばと こころで』
  

 在日コリアンのシンガー・ソングライター、李政美(いぢょんみ)さんの3年ぶり、6枚目となるCDアルバム。自作曲の他、日本語訳した歌、既存の詩に曲をつけた歌なども含まれ、言葉も日本語、朝鮮語、一部英語もありバラエティに富む。サポートの楽器には、ギター、ベース、ピアノ、バイオリン、マンドリンに加え、李政美ではお馴染みのチャングの他、タンソ、テグム、ヘグム、カヤグムという多彩な朝鮮の楽器を贅沢に配しています。
 曲のラインナップからは、戦争や原発、差別など、今の日本社会が抱える問題に対する危機感がはっきりと感じられます。彼女がこうした歌をライブで取り上げることは珍しくありませんが、1枚のアルバムにこれだけ集めたのは初めてのこと。相変わらずの美しく深い歌声が、その内容に説得力を与えています。

 中でも一推しは、『カシリ(가시리)』。日本軍「慰安婦」被害者の姜日出(カンイルチュル)ハルモニの体験談を基に作られた映画『鬼郷(クィヒャン)』の挿入歌。もともとは高麗時代の俗謡で、恋人との別れを悲しみ嘆く内容です。
    行ってしまうのですか?
    私を捨てて行ってしまうのですか?
    あなたが私を捨てて行ってしまったら
    私はどうやって生きていきましょう
という詩に託されるのは、「慰安婦」にされた少女の思いか、あるいは少女を奪われた家族の気持ちか。美しくかつ悲しみをたたえたメロディーが胸に迫り、深く深く染み込んでくる。胸の奥の方から何かがぞわぞわ~っとこみ上げてくるのを感じます。間奏から加わるバイオリン(向島(むこうじま)ゆり子)がまたすごい。涙腺決壊必至の名曲。

 『君死にたまふことなかれ』はご存じ与謝野晶子の詩に李政美さんが曲をつけたものです。この詩を改めて読むと、これほどストレートな内容をあの時代に詠っていたことに感嘆します。
    すめらみことは戦ひに
    おほみずからは出でまさね
    かたみに人の血を流し
    獣の道で死ねよとは
    死ぬるを人のほまれとは
    おほみこころのふかければ
    もとよりいかで
(おぼ)されむ
 李政美さんのこの歌を最初に聴いた時は驚きました。テンポが速い。3拍子に載せてたたみかけるように歌う。この詩がこうした曲調の歌になるとは想像できませんでした。この詩に曲をつけた歌はいくつかありますが、それらとまったく違います。終盤、歌のギアが一段と上がる。バイオリンも極限の暴れっぷり。ここまで聴いてようやく、このテンポで歌う意味が分かります。この詩は、「祈りの歌」にすることもできるでしょうが、李政美さんののこれは「闘いの歌」なのだと理解しました。

 『ああ福島』。これは、福島県三春町在住で、「福島原発告訴団」団長の武藤類子(るいこ)さんの詩を元に作られた異色作。故郷への素直な愛があふれ出る。強い言葉はなくともそのまま、原発事故を引き起こし故郷を奪った政府への告発となっています。その政府が、教育について二言目には「郷土や国を愛する心」と口にすることの倒錯も浮き彫りになります。
 1941年に治安維持法違反で捕らえられ、26歳の若さで獄死した尹東柱(ユンドンジュ)の有名な詩に曲をつけた『序詩』、80年代の民主化闘争の中で盛んに歌われ、カヤグムの音が印象的な『奪われし野にも春は来るのか』など、朝鮮語の歌も味わい深いものがあります。

 最後に、個人的に思い入れがあるのは『いつもそばにいるよ』。李政美さんが、2003年に交通事故で亡くなった甥のことを思って作った歌。彼が残してくれたことを思い、自分たちの中に生きていると歌うので、全体の曲調は前向き。とはいえ、そう簡単に割り切れるはずもなく、心は揺れる。時折混じるマイナーのコードがその揺れを映します。私事ですが、筆者はちょうど同じ頃に義妹を亡くしたので、この歌が気持ちを代弁してくれているように感じたことを思い出します。

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2018年8月13日
リブ・イン・ピース☆9+25 U