[投稿]ありがとう、忌野清志郎


「清志郎死す」の衝撃的なニュースが飛び込んできた時、一瞬信じられない気持ちで何度もネットニュースを読み直してみた。
やはり、清志郎は亡くなったらしい。今でもまだ信じられないが、どうもそうらしい。
3年前だったか、清志郎が喉頭がんのために治療にはいるということを知ったのは……。
その時も、復活したその後も、私は清志郎が死ぬということを全く考えてこなかったのだから、自分でも不思議だ。
なぜか清志郎は永遠にエネルギッシュな清志郎であり、いつまでも「反骨」のロックを歌い、踊り続けていくはずだ思いこんでいたのだ。

私にとって清志郎は、ソウル・フラワー中川敬や李政美や寿[kotobuki]ナビィのように、自分の人生に大きな影響を与えてくれたり、人生の分岐点で何かを指し示してくれているそんな「身近な」歌い人ではない。
遠い存在ながら、時々に現れてはその大きさにハッとさせられる、いつも衝撃的な人だった。そう、彼の突然の死のように。

初めて清志郎を知ったのは、あれは大学時代。
なんともいえないほどの憂鬱や悩みやさまざまな想いが入り交じっている「青春」時代、彼は唐突に私の心の中に入り込んできた。
……心理学ゼミの先輩OGの赤い車で、新緑の六甲ドライブ中、RCサクセションの「雨上がりの夜空に」が流れてきた。何??ん?一瞬にしてその「音楽」に取り憑かれた。歌詞もよく聴いてみると意味深だが、何といってもすべてが今まで味わったことがないような感覚。これって一体何なんだろう。そのショッキングな感触から、心地よい気持ちに変わる時、清志郎にいかれてしまった自分を認識した。
憂鬱な大学生活の中に、ほんの少しポジティブな、そして心に潤いを与えてくれたような、そんな気持ちになった。
それが清志郎との出会いだ。

それからしばらく、彼らの音楽を聴く機会もないまま、忙しい日々が過ぎていった。
次に清志郎と出会ったのは、「国旗・国歌法」が問題になっていた頃…。
彼が何と!「君が代」をロックにして歌ってるではないか!
これまたやってくれるわ清志郎!ひっくり返るほど驚いた。
メジャーな歌い人でありながら、タブーに真正面から立ち向かっていく清志郎に、拍手喝采を送りたいと思った。

それ以外にも、実はいろいろやってくれてるんだ清志郎!
「サマータイム・ブルース」(歌詞の一部を下に転載)が入ったアルバム「COVERS」は、当初の発売予定だった東芝EMIがクレームをつけ撤退。急遽別のところから発売するという事態になったり、アルバム「TIMERS」には昭和天皇死去後の大喪を皮肉った歌「カプリオーレ」もあり〜。

彼の死をどれだけ悼んでくれてるのかわからないが、マスコミが大騒ぎでかき立てている。
「反骨のロック魂」などと……。
ホントにそう思うのなら、彼の「魂」を流せばいいじゃないかと言いたい。彼が生存中に放送しなかった「サマータイム・ブルース」も、「カプリオーレ」も「君が代」も、きちんと放送しなさいよ!と、言いに行きたい。

こんなにたくさんの「偉業」を成し遂げてきた清志郎に、今私は「ありがとう」の気持ちでいっぱいだ。
清志郎!アナタが死んでも、アナタが遺した魂や、歌は、永遠に人々の心に生き続けていくことだろう。

そして、なにより彼のこのメッセージは、清志郎のキの字も知らなかった人にも、聴いて欲しい。できるだけ多くの人に届けたいと思う。
彼が描いてきた平和な世の中にしていくために、残された私たちの課題として〜。

イマジン


Summertime Blues/サマータイム・ブルース
オリジナル歌詞: E. Cochran & J. Capehart
替え歌詩: 忌野清志郎

暑い夏がそこまで来てる
みんなが海へくり出していく
人気のない所で泳いだら
原子力発電所が建っていた
さっぱりわかんねえ、何のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

(略)

寒い冬がそこまで来てる
あんたもこのごろ抜け毛が多い (悪かったな、何だよ)
それでもテレビは言っている
「日本の原発は安全です」
さっぱりわかんねえ、根拠がねえ
これが最後のサマータイム・ブルース

(略)

原子力は要らねえ、
危ねえ、欲しくない

要らねえ、要らねえ、欲しくない
要らねえ、要らねえ

電力は余ってるってよ
要らねえ、危ねえ

2009.5.7. P.a.a