「国際組織犯罪防止条約」は4年以上の懲役・禁固刑を科す重大な犯罪の取り締まりを定めている(第2条)。これに従えば、日本の国内法では676犯罪がその取り締まりの対象となる。 一方、政府は、共謀罪が人権弾圧の法律であるとの批判をかわすために、取り締まりの対象を277に縮小すると称している。だが、これまで、政府は「犯罪の内容に応じて選別することは国際組織犯罪防止条約上はできないもの」(2005年閣議決定、「朝日新聞」2017.1.31)としてきた。したがって、罪状を絞り込む以上、今回の共謀罪の制定は、本当は国際条約の批准とは関係ないものであることを自ら告白したに等しい。 しかも、安倍内閣はこの閣議決定を修正しようとしている。このことは、内閣の答弁書などは、時々の情勢によって簡単に変更するものだということ、言い換えれば、内閣の答弁書などは全くあてにならないものであることを改めて確認させるものだ、ということである。この際、一昨年の、集団的自衛権論争に際して、安倍内閣が歴代内閣の違憲見解を弊履のごとく投げ捨てたことを想起しても無駄ではない。 しかも、一旦法律が成立すれば、取り締まり対象の犯罪数が減ったところで、警察の裁量次第で捜査対象は拡大できるし、さらに法改正によって比較的簡単に取り締まり対象を拡大することも可能である。「治安維持法」然り、後に示す「盗聴法」然りである。 曖昧な概念の取り締まり対象―すべては警察の判断次第 「テロ等準備罪」という名称そのものが、まやかしである。取り締まり対象たる277の犯罪のうち、ごく少数がいわゆるテロに関係する可能性があるだけだ。削ったのは、業務上過失致死傷罪(例えば交通事故)など事前に謀議ができない罪にすぎない。 しかも「テロ」の定義もそのものも曖昧だ。その上、テロ等の「準備」を罰するのではなく、「共同謀議」を罰するのが、この法案の目的である。この点、ゆめゆめ忘れてはならない。 「共謀罪」では、仮に数名が共謀し、そのうち1名だけでも何らかの「準備」を行ったとしても、「準備行為」に参加しなかった者も、共謀罪が適用されるのである(政府説明、「朝日新聞」2017.2.17)。だから、警察のスパイが「共謀」を煽り、ひとりだけでも「準備行為」に着手させると、あるいはスパイ自身が「準備行為」に着手するだけで、謀議参加者を一網打尽に検挙することが可能だ。しかも、このスパイ自身は、自首して無罪になることは必定だ。なぜなら、「特定秘密保護法」が、共謀犯が自首したときは、刑の軽減・免除を定めており(第26条)、恐らく「共謀罪」はこれを踏襲するであろうし、後に示す「菅生事件」のスパイ警察官の場合は、自首したのち、ノン・キャリア警察官としては最高の栄達を遂げたからである。 なお、「共謀」については、現行の「共謀共同正犯」の場合、「黙示の謀議」も最高裁判例となっているので、「目くばせ」でも共謀だ、というのが政府見解である(衆院法務委員会、大林・法務省刑事局長の答弁、2005年)。このように「共謀」概念は曖昧で広く、それだけに、警察・検察の恣意による捜査対象も広がるのだ。 共同謀議が成立する要件として「犯罪のための資金または物品の取得その他の準備行為」 を加えた。但し、これを共同謀議の構成要件とするか否かについても定かではない。しかも「その他」準備行為とは何か。全く無限定である。従って、何が準備行為なのかの判断そのものも、すべて警察・検察に任されている。 これまでの共謀罪法案では、取り締まり対象を単に「団体」としてきたのを「組織的犯罪集団」に「限定」した。だが、「組織的犯罪集団」とは何か、概念は曖昧だ。だから、警察が、ある団体を犯罪組織に仕立てあげることは造作もないことである。「立川反戦ビラ配布」事件では、「自衛隊監視テント村」のメンバーが反戦ビラを自衛隊官舎のポストに配布して、住居不法侵入罪で有罪になった際、検察はこの「テント村」が天皇制反対などを唱える新左翼や「過激派集団」との接触があったと述べ、あたかも「テント村」が犯罪集団であるかの如き論告を行った。 普通の自然保護運動などが、「組織的犯罪集団」に仕立てあげられる危険性は常時存在する。その典型のひとつは、後述の岐阜県警の場合である。そこでは、警察は風力発電反対の住民運動をあたかも「犯罪集団」であるかのごとく見なし、警察がこれを常時監視している。しかも、このような警察活動は、公共の安全と秩序維持のための「警察の通常業務の一環」としている(警察庁警備局長、参院内閣委員会答弁、2015年6月)。 本当の狙いは市民運動・平和運動の取り締まり (1)「テロ等」の取り締まりは看板だけのことで、それが目指す本当の中身は、市民運動や平和運動の取り締まりである。例えば、原発事故の被害者たちが「被害者団体」を作って、電力会社に補償を要求することを相談し、カンパを募りビラ配布を行ったとする。警察は、この被害者団体の指導部に「過激派」が存在するとか、あるいは指導部が「過激派」と接触しているとか(後掲、「立川反戦ビラ事件」参照)、という口実で、いかなる法律にも抵触しないで結成された、この団体を警察が「組織的犯罪集団」に変化したと見なして、相談を「共謀」とし、カンパ募集・ビラ配布を「準備行為」として、恐喝罪(「人を恐喝して財物を交付させたものは、10年以下の懲役に処する」(刑法第249条)の「共謀」として取り締まることが可能である。 (2)同様に、平和団体が、軍事産業の実態を明らかにするために、特定の企業や研究機関に、軍事産業の実態を明らかにさせることを相談し、これら機関・企業に面会を要求した場合、警察が、この平和団体を、特定秘密を暴露するための「組織的犯罪集団」に変化したと決めつけ、面談要求を「準備行為」として、相談を「特定秘密の漏洩の教唆もしくは扇動」(「特定秘密保護法」第25条1項、5年以下の懲役)のための「共謀」として捜査することも可能である。 警察の違法捜査 共謀罪を立証する場合、刑法上の「予備」の以前の段階、つまり容疑者が犯行意思を持っていたか否か、という心の内面を立証しなければならない。したがって、警察がこれまで以上に違法捜査に頼るであろうことは、論理の赴くところである。まずは、何よりも犯行意思を証明するためには自白の強要、さらに共謀を証明するためには対象組織の内情を探る必要があり、そのため警察のスパイの潜入・犯罪の扇動・フレームアップ(でっちあげ)・密告の奨励・違法情報収集・証拠隠滅・証拠捏造が拡大する恐れが極めて大きい。その結果、重大な冤罪を生むこととなる。これは過去の代表的な冤罪事件や今日の違法捜査の実態を見るだけでも明らかだ。 <フレームアップ> 戦後最大のフレームアップ(でっちあげ)による冤罪事件は、松川事件であった。1949年8月17日、福島県松川町で列車転覆事件が生じ乗員3名が死亡した。吉田政府は間髪を入れず、いかなる証拠も存在しないにも拘わらず、これを共産党の仕業であると決めつけた。当時、東芝松川工場では首切り反対の大争議があり、警察は、東芝、国鉄の両労組の組合員の共同謀議による犯行と見なして、両労組員を含めて20名を逮捕した。自白の強制によって、一審では全員が有罪、うち5名が死刑、二審では17名が有罪、うち4名が死刑という判決となった。しかし、事件直後、直ちに警官隊が出動したことなど不審な点があり、また、検察が被告たちのアリバイを示す諏訪メモを隠していたことや、検察が線路の工作に使われたという自在スパナでは、実際には線路工作は不可能なことなどが判明し、最高裁で1963年に全員無罪が確定した。 しかし、警察は真犯人発見の捜査は一切せず、事件の真相は時効によって闇に葬られた。なお、後に真犯人を名乗る人物も現れたが、真偽のほどは不明だ。 この事件に関しては、作家の広津和郎氏をはじめ多くの知識人・作家による被告支援活動が行われ、広く国民の関心を集め、無罪判決を勝ち取ることができたのである。 <スパイ・犯罪捏造> 大分県菅生村の駐在所爆破事件(1952年)は、スパイと犯罪捏造の典型であった。警察官・戸高公徳は共産党に潜入し、警察の自作自演で同駐在所が爆破された。警官隊があらかじめ周辺に配置され、警察はこれを共産党の仕業だとして、直ちに共産党員を一斉検挙した。5名の党員が有罪、うち「首謀者」は10年の懲役刑となった。しかし、共同通信社会部記者が東京に隠れ住んでいた戸高を発見するなど、控訴審で警察の謀略が発覚し、全員無罪となった。一方、警察はいかなる反省もなく、戸高は裁判によって有罪とはなったが、実刑は受けず、警察は戸高を称揚し、彼はノン・キャリアとして最高の出世である警視長まで登りつめた。なお、検察も、この事件が警察幹部の指揮の下に行われていたことも承知していた(当時の次席検事・坂本杢次の回顧録『自身への旅』)。 <後を絶たない自白強要・証拠隠滅による冤罪> (1)戦後に限っても冤罪は後を絶たない。警察による強引な自白強要と検察による無罪証拠の隠滅・隠匿が重大な冤罪を生んだのだ。4名の死刑確定囚が再審の結果、無罪となった(免田事件、財田川事件、島田事件、松山事件、1948~1955年)。袴田事件では、死刑判決を受けた袴田巌氏が、再審決定の結果、異例のことに釈放された。もし、無罪となれば死刑判決から生還した5例目の冤罪となる。いずれにしろ、日々、死と向き合わされた元死刑囚たちの恐怖は想像を絶するものであり、失われた人生も決して取り返すことができない。飯塚事件では、死刑が執行された後、再審が開始された。結論は未定だが、もし冤罪となれば、人間の命は償えないのである。足利事件では被告の無期懲役が最高裁で確定したが、その後の再審によって、誤認逮捕が発覚し無罪となった(2009年)。布川事件では、被告は最高裁で無期懲役が確定したが、再審が開始され、水戸地裁で無罪判決となった(2011年)。 (2)大阪地検の特捜部ぐるみで、担当主任検事・前田恒彦が証拠を改竄し(証拠隠滅罪)、特捜部長・大坪弘道と同副部長・佐賀元明がそれを容認した(犯人隠匿罪)のが、厚生省課長・村木厚子事件であった。検察は彼女を5か月という長期にわたって拘留したが、大阪地裁で無罪となり、検察は控訴を断念せざるを得なかった(2010年)。 これらの事件は、氷山の一角に過ぎない。日本の刑事裁判の場合、裁判官はほとんど検察の主張を信用し、有罪率は99.98%で極めて高い。しかも再審の壁も極めて高い。上に紹介した再審は極めて希な例である。恐らく、再審さえも拒否されて、誤審の結果、冤罪が晴れなかった例も数多くあることが推測される。 一方、誤認逮捕・誤認起訴・誤認判決を行った警察・検察・裁判官が、それ相当の責任を取らされたことは寡聞にして聞かない。別府署盗撮事件(後述)では関係刑事は逮捕なしの書類送検で罰金刑のみであり、村木事件で、特捜部3検事が有罪判決を受け、検事総長が引責辞任したのは、例外中の例外であった。しかし、実際に下獄したのは担当主任検事のみで、特捜部長と同副部長は執行猶予付きであった。 <盗聴> 盗聴法(通信傍受法)は1999年に強行可決されて、警察の盗聴活動が可能となり、盗聴可能な類型は薬物・銃器・集団密航・組織的殺人の4類型であった。ところが、法改正によって、爆発物使用・殺人・傷害・放火・誘拐・逮捕監禁・詐欺・窃盗・児童ポルノの9類型が追加された(2016年12月施行、「産経デジタル版」2016.9.28)。その上、これまでは通信傍受に必要だったNTTなどの通信業者の立ち合いも不要となり、警察施設など捜査機関内で盗聴が可能となった。従って、盗聴可能な類型はお飾りにすぎず、実は警察は好き放題に盗聴できるのだ。 それにも拘わらず、金田勝年法相は共謀罪で「通信傍受は考えていない」と答弁(予算委員会)。誰がこれを信用するのであろうか。 <盗撮・秘密GPS捜査> (1) 2016年参院選挙直前の6月、別府署の刑事4名が、労組などが入る建物の敷地に5回にわたり無断で入り、ビデオカメラを設置した。これは明らかにプライバシーの侵害であり、住居不法侵入である。警察は、この盗撮が4人の刑事の勝手な判断であるはずがないにも拘わらず、これを署または大分県警ぐるみの仕業ではないことを強弁し、現場の刑事のみが、略式起訴(簡裁管轄事件で50万円以下の罰金・科料の場合、被疑者の異議がない場合、公判を開かず検察官の請求によって行われる刑事裁判手続き)で5〜10万円の罰金となった。 恐らく今回の事件は、警察にとってはまことに運悪く発覚しただけのことで、特定の政党・団体を「組織的犯罪集団」と見立てて、盗撮するぐらいは日常茶飯にすぎない。 (2)警察庁は2006年、捜査対象にGPS(全地球測位システム)発信器を本人には通知せずに秘密裏に取り付け、しかも、捜査書類には一切、GPS取り付けの事実を残してはならないという証拠隠滅までを秘密裏に命じた。通信傍受法でさえも、通信傍受には裁判所の令状を必要としているにも拘わらず、そのような許可もないこれらの秘密GPS捜査は明らかに違法捜査である。しかも、GPS捜査の対象は、誘拐・恐喝・強盗・薬物・銃器・暴力団関係の犯罪と並んで、社会的危険性や社会的反響が大きく速やかな容疑者検挙が必要な事件としており(「朝日新聞」2017.2.15)、これにひっかければ、警察の恣意的判断によって、GPS捜査は自由自在となる。 <仕組まれた罠> (1) 立川反戦ビラ配布事件 立川市で2004年1月、「立川自衛隊監視テント村」メンバーの3名が自衛隊官舎の郵便ポストに、自衛隊海外派遣反対のビラを投函した。警察はこれを住居不法侵入罪(刑法第130条:正当な理由がないのに住居・邸宅に侵入したもの、または退去の要求に従わなかったもの、3年以下の懲役または10万円以下の罰金)として、警察は6カ所の家宅捜索を行い書類・パソコンなどを押収し、3名を逮捕、75日間拘留し接見禁止とした。 裁判において検察は、「テント村」と天皇制反対などを行っている新左翼との接触などを挙げ、「テント村」の危険性を主張した。東京地裁はビラ配布を、憲法21条(言論・出版の自由)によって保障されている正当な政治的な表現として無罪とした。しかし、東京高裁は20~10万円の罰金とし、最高裁もこれを支持して、有罪が確定した。 (2)葛飾政党ビラ配布事件 男性が2004年12月、東京都葛飾区内のマンションのドアポストに共産党の都・区議会報告などを投函したところ、居住者の通報によって警察官が駆け付け、23日間拘留された。東京地裁では無罪であったが、二審では5万円の罰金となり最高裁もこれを支持して有罪が確定した。上記の2件は、憲法21条違反であり、公訴権の乱用であることは間違いない。 また、これら2件と別府署の住居不法侵入・盗撮事件と比較して、いかに不当な逮捕・長期拘留であり、公訴であったかも明らかである。 商業用ビラのポスティングが有罪になったことはないにも拘わらず、上記2件が有罪となったのは、明かに政治的取り締まりであった。住居不法侵入罪は本来は刑事事件であるにも拘わらず、上記2件は特に警視庁公安部が指揮した。葛飾政党ビラ事件では、長期にわたり内定を行い、尾行し、ビデオ撮影を行い、居住者の通報時にはあらかじめ警察官が周辺に張り込んでいた。上記に2件の公訴を担当したのも、公安担当の同一検事であった。これら2件が警察と検察の公安部が揃って仕組んだ罠であることは疑いない。 <犯罪集団でっち上げの手口> 岐阜県大垣署は2014年7月、中部電力子会社・シーテックが計画していた風力発電に反対する住民組織を、あたかも犯罪集団のごとく監視し、シーテック社に警戒を要請していた事件。警察のシーテックへの通報。「大垣市内に自然破壊に繋がる事は敏感に反対する近藤という人物がいるが、ご存知か。東大を中退しており、頭もよい。しゃべりも上手であるから、このような人物に繋がると、厄介になる」。松島氏はこの地区で自然保護の勉強会を開いているが、警察は松島氏が30年前にゴルフ場反対をしていたことをとらえて、いわく、「過激な運動を起こす可能性がある地区」。松島さんらは地方公務員法の守秘義務違反で岐阜地検に告訴したが不起訴となり、2016年暮れ、損害賠償請求訴訟を岐阜地裁に起こした。(東京新聞2月4日付『こちら特報部』より 「「共謀罪」の現実 知らぬ間に「過激」のレッテル」) 威圧効果満点の警察・検察の捜査・起訴、裁判所の怠慢・迎合 捜査の結果、仮に不起訴であっても、あるいは起訴されて無罪もしくは罰金刑など軽罪の場合でも、その警察の取り締まり威力は絶大である。警察・検察が一旦嫌疑をかければ、家宅捜索、関係書類・組織員名簿・パソコン等の押収、逮捕、長期拘留、起訴等が自由自在である。これだけで、市民運動、労働運動に壊滅打撃を与えることは火を見るより明らかである。「治安維持法」の場合でさえ、起訴されたのは検挙者の2割程度であったが、捜査・検挙だけでも人民に対する威圧効果は抜群であった。 一方、不当な逮捕・家宅捜索・長期拘留等を防止するために、いずれの場合も、現行犯逮捕を除いて、裁判所の許可が必要である。だが、裁判所は、警察・検察の要求があれば、それが形式さえ整っていれば半ば自動的にも発行することもまた、これまでの諸例からみても明らかである。また、裁判所が公判において、極めて高い有罪率に示されているように、検察の主張をまるで鵜呑みのごとく認める場合も稀ではない。 これらの警察・検察・裁判所に対しては、絶えず警戒と監視を怠らず、違法な逮捕・拘留や裁判に対しては、大衆的な即刻の反撃が不可欠となっている。 共謀罪法ができれば、現在でもすでに合法・違法を問わず広範な監視・情報収集・逮捕・弾圧を行っている警察・公安にさらに強大な権力を与え、国民の権利を脅かすことになる。絶対に共謀罪法の成立をゆるしてはならない。 (おわり) |
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