橋下市長と大阪維新の会は公教育を私物化し、教育基本法で禁じられた"政治による不当介入"に公然と道を開こうとしています。公明党は、従来の主張からすればおよそ受け入れられないはずの愛国心、グローバル人材の教育目標を認め条例成立に加担しました。 市民からの不安や反対の声、さらには全国から教育への政治介入を憂慮する声が上がっている中での蛮行に厳しく抗議します。 成立した大阪市教育基本条例は、市長が市立学校の教育目標を決め独裁的に政治介入するための条例といっても過言ではありません。 とりわけ、「教育は2万%強制」と言ってはばからない市長が「教育振興基本計画」を作る権限を手に入れたことは深刻です。「マネジメント」の名の下に、全く教育の論理を無視して「君が代」を教育現場に押しつけていることからもその危険性は明らかです。成立した職員基本条例では、「不起立教員」を狙い打ちにするための「同一職務命令違反3回で分限免職」の規定が入っているだけでなく、「懲戒免職」にすることも可能とする条文が付け加えられています。 教育は強制ではありません。政治や特定の政党から中立であるべきであり、ましてや市長自らが不当な政治介入をすることは許されません。 前文では「自由と規範意識、権利と義務を重んじ」「グローバル化が進む国際社会において力強く生き抜くことができる人間」との文言が教育の目的として新しく追加されました。「我が国の郷土の伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた国と、子どもたちが育ったこの大阪を愛」することも求められています。 「規範」や「義務」の名の下に、日本国憲法の根幹である「個人の尊重」(第13条)が制約され、基本的人権が蔑ろにされることを危惧します。規範や義務を強調することは、個人を犠牲にしてでも「公益」「国益」を優先しなければならないという国家主義による憲法改悪の思想を反映しているからです。 「愛国心教育」「グローバル人材教育」は、「国にとって役に立つ人間」のタイプを決めて枠にはめ、子どものありようや心を支配しようというものであり、「人格の完成」「個人の尊厳」を踏みにじるものです。 条文はことのほか情報公開を強調しています。これは学力テストなど学校の序列化・格差につながるような情報公開や、学校や教員を市民に監視・評価させる体制を促進する危険性をもっています。 「家庭の教育力の向上を支援」することが教育委員会の義務とされています。しかも「市長と連携・協力」のもとで行うことが求められています。家庭や地域住民の責任が明記されています。しかし市長が家庭や地域の「教育」にまで介入してくることは許されません。非科学的な「親の育て方」論を持ち出し特定の教育方法を家庭に押しつけようとした「家庭教育支援条例」が白紙撤回させられことは記憶に新しいところです。 市長が「教育振興基本計画」をつくり、教育委員会とともに、その進捗の管理、点検及び評価を行う権限が与えられています。その計画の遂行状況は教育委員の罷免基準になるため、教育委員会は市長の意向を受けて忠実に動かなければならなくなります。教育委員会は、教育基本法に基づき教育行政の責任を持つ機関から、市長の方針を教育現場で遂行するための機関へと変えられてしまいます。 このような条例が学校現場に入り込み機能し始めれば、大阪の学校教育は硬直化してしまうでしょう。初等・中等教育からこのようながんじがらめの教育がなされるなら、子どもたちは窒息してしまいます。 しかし教育基本条例は多くの批判にさらされたことから、「子ども、保護者等の市民の意向を斟酌しつつ」「保護者等の意向を斟酌しつつ」と、市民の声を無視して市長が暴走する事への歯止めとなりうる文言も入っています。 この文言は、市長や維新の会と結びついた「市民」が大声で教育現場に口を出してくる危険もはらんでいますが、保護者と子ども、市民が自覚し声を上げ続けることができれば、市長はこれら市民の意向に逆らって強引に進めることはできなくなるでしょう。そのような力関係を作り出していかなければなりません。 教育行政基本条例が成立したもとでは、市長の教育施策の学校教育現場への具体化を監視し阻止することが重要になってきます。市長が出してくる「教育振興基本計画」を厳しく批判すること、教育内容、学校選択制の推進、学力テスト公表、教員勤務評価と教職員への締め付けなど市長がやってこようとしている具体的な施策の一つ一つに関心を持ち批判を加えていく必要があります。学校現場で奮闘する教職員との連携を強め、情報共有や共同の取り組みがますます必要となってきます。 私たちは、あくまで教育行政基本条例の成立に抗議し、撤回するよう要求します。 2012年5月28日 |
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