辺野古のたたかいに参加して

 7月1日安倍政権は集団的自衛権行使容認の閣議決定をしました。それと同時に、沖縄辺野古に新基地の建設を、強い建設反対の世論を踏みにじり強引に開始しました。
 しかし沖縄県民は、海上では海上保安庁、陸上では警察権力による暴力的弾圧にも屈せず果敢にたたかっています。その息吹を感じるべく、リブインピースのメンバーが沖縄の反対行動に参加しました。


(1)9月13日午後1時半に、名護市辺野古浜の座り込みテント村に到着。リブ・イン・ピースから「ヘリ基地反対協議会」にカンパとバナーの贈呈。バナーを披露し座り込み参加者から「かわいいね」と言葉をもらう。辺野古浜の砂浜に「海のたたかい」のカヌー隊が帰ってきていたので、そちらに向かう。沖縄平和運動センター山城博治議長とその場で会ったので、山城さんと米海兵隊キャンプ・シュワブゲート前座り込みテントへ向かう。
 「陸のたたかい」に合流する。座り込みには100人前後の参加者。テントで山城さんの司会で、集会開催。
 沖縄各地、遠方からも参加者が来ているので、各参加者からのアピール。沖縄教組宮古支部から委員長を含め7名派遣。山城さんが「このテント村の屋台骨を支えているのは沖縄教組の方々です」と感謝のあいさつ。宮古支部委員長が「オジイやオバアの反対する姿に感激しました。子ども達にもおしえたい。頑張りましょう」と応えた。歌『沖縄を返せ』、『WE SHALL OVERCOME』など、全員で肩を組んで歌った。宮古支部委員長は、「復帰闘争の時小学生でしたが、先生に教えてもらい、子どもながらに歌いました」とアピール。
 午後3時頃からゲート前をデモ行進、「新基地建設をやめろ」、「埋め立てやめろ」、「命が大事」、「平和を守れ」、「海保(海上保安庁)の暴行を許さないぞ」などなどシュプレヒコールして、ゲートの前を3回くらい周り抗議した。「陸のたたかい」は、日曜日を除く、毎日午前9時〜16時まで、ゲート横の路上にテントを組立て、終われば撤収するというもので、大変さと継続の大事さを実感した。
 私は、生の「殺人鉄板」を見て、恐怖を感じると同時に、安倍首相が、沖縄の運動におびえて、置かざるを得なかった弱い側面も感じ取れた。ゲートに沖縄県民、支援者に座り込まれたら、基地機能が麻痺して、新基地建設どころではなくなってしまうということなのだろうと思った。

 



(2)9月14日、午前8時前に辺野古浜の座り込みテント村に到着。米海兵隊キャンプシュワブから「星条旗」、「君が代」が流れてきた。フォトグラファーYさんが「在日米軍基地だから当然だよ」と話された。私は大変驚いた。
 テント村の備品の設営を手伝った。午前9時から座り込み開始。各自自己紹介した。私は「Yさんから1カ月辺野古のたたかいに参加しないと戦力にならないよ。と厳しいことをいわれましたが、大阪のみんなに伝えます」と話した。
 テントでは、「13日午前中20艘のカヌーを海保が確保した。海保から3日後に取りに来るようにと連絡あった」と話されていた。
 午前11時半〜テント村集会にて、司会の沖縄平和運動センター山城博治議長が、9月13日「海のたたかい」の報告をした。海保が「制圧」、「確保」を叫び、カヌー隊員を羽交い締めにして、一方的暴力をふるっている。カヌーも30艘没収されたのだそうだ。
 続いて、具志堅徹さん(ヘリ基地反対協議会共同代表代理、前名護市議、共産党)が「18年前のたたかいでは、(海上の立ち入りを制限する)フロートもなく、やぐらの陣取りが出来た。尖閣列島には海上保安庁の巡視艇が4〜5隻なのに、1カ月前に14隻が辺野古に来た。何かが狂っている。安倍政権は戦前の日本、強い日本を取り戻そうとするもので、積極的平和主義は戦前の日本だ。辺野古のたたかいは日本を変えるたたかいだ」と訴えた。
 座り込みに参加した沖縄県議は「9月3日沖縄県議会でボーリング調査の中止を求める意見書を可決した。経済界も含め、オール沖縄でたたかっている。安倍政権は仲井真知事の埋め立て承認だけを根拠にしているが、県議会は辺野古断念決議、仲井真知事辞任決議まで上げている。仲井真知事の埋め立て承認は何ら根拠のないものだ」と訴えた。
 共産党の仁比参議院議員もアピールした。本土からの参加者からも発言した。兵庫県のHさんは、「本土のマスコミは辺野古のたたかいを何も伝えない『マズコミ』に成り下がっている。沖縄タイムスや琉球新報は、たたかいを県民に正しく伝えている。頭の下がる思いだ。本土の『マズコミ』に本土の人はだまされてしまっている。もっと正しく伝えないといけない」と訴えた。
 最後に、司会の山城さんの発声で、座り込みの全員がシュプレヒコールし、座り込みを終了した。(午後4時)。

辺野古新基地とは
 安倍政権は、辺野古新基地建設を「沖縄県民の負担軽減」、「普天間の危険性除去」と宣伝しているが、これは全くの大ウソである。負担軽減でもなければ、単なる移設でもない、基地の集約・大型化・機能強化そのものである。
辺野古新基地は、1800bの滑走路を2本、オスプレイ着陸帯、強襲揚陸艦を着岸できる軍港を備える最新鋭の軍事基地である。現在、強襲揚陸艦は長崎県佐世保基地に配備され、出撃時は沖縄県うるま市のホワイトビーチに立ち寄り、ヘリ・弾薬(辺野古弾薬庫からも運び込まれている)・兵員を乗せている。辺野古新基地が完成すれば、常時強襲揚陸艦が配備され、即出撃できる態勢がとられるようになる。辺野古基地のオスプレイは県北部の東村高江にある北部訓練場のヘリパッドで演習を繰りかえし、伊江島の訓練場も使用する。将来的にはF35ステルス戦闘機を配備すると米軍は公表している。
 この新基地計画は1960年代に米軍が計画していたが、ベトナム戦争で巨大な戦費を使い果たして、断念した経緯がある。1996年米海兵隊員の少女レイプ事件で、県民の怒りが爆発したことに対して、米大使が「海兵隊の沖縄からの撤退」を日本政府に申し入れたところ、日本政府が、日本の予算で「辺野古新基地」を建設するから、米軍に撤退を断念して駐留し続けてくれと懇願したのである。


(この地図は、名護市の「ヘリ基地反対協議会」作成の地図の一部です。元図の文字を大きくしました)

2014年10月18日
リブ・イン・ピース☆9+25 KB