はじめに 昨年12月8日のアサド政権崩壊について、日本を含む西側政府・メディアでは、歓迎と礼賛の声が支配的です。アサド政権の「残忍な独裁」がその理由とされています。私たちは、このような見方に強く反対します。なぜか? 第1に、この見方は、まさにパレスチナ住民の大虐殺戦争を遂行した米=イスラエルやこれを支持したG7を中心とする西側諸国と、未だにジェノサイドを否定する西側メディアが大々的に宣伝しているからです。ガザでジェノサイドを強行する米=イスラエルやG7に「人権」を語る資格はありません。なぜ、突如「アサド独裁」が拡散されるのか。それには隠された狙いがあるのです。その証拠に、メディアの報道は、「アサド独裁」にすり替えられ、ガザの飢餓・餓死と虐殺の報道はほとんどなくなりました。米英の諜報機関(CIAやMI6など)が始める「でっち上げ裁判」が始まれば、報道や新聞紙面は埋め尽くされるでしょう。 第2に、西側政府・メディア共に、シリア戦争を「内戦」と主張していますが、それは、シリア戦争の歴史を全く無視したデマだからです。詳しく後述するように、この戦争は、テロリスト集団を使った米国主導の「代理戦争」なのです。メディアは、「シャーム解放機構(HTS)」の進撃だけ報道し、米国の長年にわたる中東覇権のための「代理戦争」であり、外から独立国の政府を転覆させる侵略であることを一切触れないのです。私たちは、首謀者である米国をこそ非難すべきだと考えます。「アサド独裁」や「アサドの人権蹂躙」が本質ではないのです。メディアの作為とデタラメを暴く必要があります。 確かに、アサド政権崩壊直後に、シリアの人々の歓迎の様子が映像に出ていました。しかし、それはテロリスト集団の勝利の声なのか、11年もの間、戦争と経済制裁で苦しみ抜いたシリアの一般市民の安堵の声なのか、見極める必要があります。仮に後者の戦争と制裁が終結した解放感なら当然のことだと思います(今後、統一国家シリアの分裂や不安定化や混乱が待ち受けるにしても)。 米国主導のシリア「代理戦争」の真実について、2回に分けて報告します。 (1)今回のシリア政府転覆の直接の指揮者は米国とイスラエル 昨年12月8日にシリアのアサド政権は崩壊し、アサド元大統領はロシアに亡命しました。シリア北部イドリブを根拠地にしたイスラム原理主義テロリストグループHTS(元アルカイダの下部組織=ヌスラ戦線)を中心とする部隊が首都ダマスカスを制圧し、暫定政権を作り、HTSのアハマド・シャラアが指導者となり、イドリブの「救国政府」のムハンマド・バシルが首相となりました。 11月28日を起点とする今回の政権転覆を指示した主犯は米国です。動いた部隊はイドリブに保護され、そこを支配していたHTSが中心ですがそれだけではありません。北部、南部、東部で反政府武装勢力が一斉に動き出しダマスカスに向かいました。 南部ではヨルダンで訓練されイスラエルとつながっている「自由シリア軍(FSA)」が同時に行動を起こし首都に向かいました。12月20日の英テレグラフ紙は、彼らが指揮されてきた米軍特殊部隊からシリア政府転覆の準備をし、傭兵の募集を強めるよう11月初旬には言われたと伝えています。今年初めに「自由シリア軍」の司令官に任命されたのは元イスラム国(ISIS)の最高司令官であるアル・アンタリでした。正真正銘のテロリストです。北部ではトルコの傭兵部隊「シリア国民軍(SNA)」がHTSに遅れるなとばかりアレッポに向かって動き始めました。東部ではクルドの民主統一党系の「シリア民主軍(SDF)」が動き、これと連携する米軍はそれまでの900人と言われる兵力を秘密裏に2000人にまで増員して戦争に備えました。イラク・ヨルダン国境(アル・タンフ)でも米軍とその指揮下の傭兵部隊が行動を開始し勢力圏を拡大ています。そして、これらの動きに連動してイスラエル軍が大規模な空爆をシリア軍に対して行い、国連で不当占領と批判されているゴラン高原からはイスラエル軍が地上侵攻したのです。 ※ワシントンはシリア政府を転覆させるために、過激派武装集団を訓練した(thecradleニュースデスク 2024年12月20日) イスラエルを含むこれだけ多くの部隊――しかもそれぞれが対立、競合する――に指示を出し、一斉に攻勢を開始させることができるのは誰ですか? そんなことが出来るのは米国だけです。この米国が果たしている役割もメディアは一切取り上げません。 米国の目的は反米国家シリアの転覆と打倒でした。さらに直接的にはイエメン(フーシ)−イラン−イラク−シリア−レバノン(ヒズボラ)−パレスチナ(ハマス等)とつながる抵抗枢軸の連携を破壊することです。この目的では米国とイスラエルは完全に一致して行動しました。アサド政権崩壊の12月8日以降もイスラエルは最大規模の空爆でシリア軍の武器を徹底的に破壊し、ダマスカスの20キロの地点まで侵攻しました。米国はシリア北東部の石油地帯を引き続き押さえて資源を略奪し続けるばかりか、シリアを無力化することで中東全体への米国の軍事的政治的覇権を再確立させようとしました。ロシアをシリアから追い出すことで、中東からロシアの影響力を後退させようとしました。ロシアの天然ガスを制裁で排除したうえで、さらにカタール−ヨルダン−シリア−トルコを100億ドルかけてパイプラインで結び天然ガス市場での米の支配と覇権を狙っていたのです。 トルコの目的は一国的、個別的でした。北部で直接トルコ軍によるシリアの領土略奪を行っていました。さらにユーフラテス川以東を米軍と連携して支配するクルド人部隊SDFに打撃を与え、クルドの独立運動を封じることを目的としていました。逆にSDFはシリア国内での支配地域を確立・拡大し、イラク、トルコのクルドと連携し独立運動への足掛かりにしようとしました。 HTS中心のシリア暫定政府には背後にいる国の利益も含めて内部に大きな矛盾が存在し、シリア全体を統一することなど到底できません。それぞれの利害に応じて国が分裂させられ、荒廃させられることは避けがたいのです。暫定政権は米国に認めてもらうことに全力をあげていますが、彼らにはシリア全体を統一する力はありません。 実際に起こったこととその結果を見れば、最大の勝利を得たのは米国とイスラエルであることは誰の目にも明らかです。米国は中東における手先・イスラエルと共に中東での軍事覇権確立に一歩を進めたのです。イスラエルは、ダマスカス近くまで軍を進めるとともに、シリア、レバノンでの軍事負担軽減を利用してイエメンへの攻撃を米英と一緒に強めています。 (2)アサド政権転覆は2011年以来の米の侵略・代理戦争の結果 アサド政権は「あっけなく崩壊した」「独裁政権だったからだ」と侮蔑を込めて非難されています。それもシリアの過酷な歴史を無視した筋違いの論難です。私たちからすれば、シリアの政権と人民はよくここまで持ちこたえたというのが正直なところです。米国主導の容赦のない侵略と経済制裁の歴史をぜひ知ってほしいと思います。 12月8日のアサド政権の転覆の動きは昨年11月に始まったのではありません。13年間にわたって米国とその同盟国による直接の侵略戦争、イスラム原理主義テロリストと傭兵を使った代理戦争が行われてきたのです。反米反帝、パレスチナ連帯、抵抗枢軸の立場に立っていたアサド政権は米国の戦争と転覆策動から自国を守ってきたのです。だからこれは「内戦」などではなく外からの侵略に対する防衛戦争だったのです。 まず最初に、アサド政権転覆のための侵略戦争や代理戦争は2011年から13年間にわたって執拗に続けられてきたことを確認しなければなりません。組織したのは米国とイスラエル、英国、トルコとカタール、サウジアラビアなど湾岸王政です。特に中心になったのは米国です。ガザで大虐殺を持続し、レバノン、シリア、イエメン、イラクに戦争と攻撃を仕掛ける横暴極まりない戦争国家イスラエルだけでなく、それを上回る巨大な侵略的、好戦的戦争国家米国が中東での軍事覇権と支配の再確立を目指して行った一連の反米国家転覆戦争の一環がシリアに対する戦争だったのです。これがこの戦争の本質です。 そのことは極めて長期にわたって、米国が主導してシリアで傭兵を育成し、武装させ、戦争を仕掛けさせた事実に明かです。米国が反政府の傭兵やテロリストを組織し、武装させ、資金を与えた作戦はヨルダンとトルコで展開されました。CIAがヨルダンで反体制派を訓練し、武装させた作戦は「ティンバー・シカモア作戦」と呼ばれています。この育てられた武装勢力は、2015年までにシリア軍を追いつめ、政府軍の拠点とみなされた地域まで押し入るようになりました。1980年代のアフガニスタン・ムジャヒディン支援以来の最大の秘密作戦で、米国だけで10億ドルが投入されたのです。2011年に米国とNATOが崩壊させたリビアから「ラットライン」と称してリビア政府軍の武器を運び、シリア反政府部隊に提供しました。資金を出したのはトルコ、サウジ、カタールであり、運び込んだのは英国情報部MI6とCIAです。アルカイダやISISに武器や資金が流れるのをわかったうえで、自分がテロ組織と認定していたイスラム原理主義に武器や資金を与え、ISISがシリアを破壊するのを助けました。この事実は米国が反米国家を転覆させるためにはテロ組織であろうと何であろうと利用してきたことを示しています。何より、アルカイダをつくり育てたのは米国です。 ※米国とイスラエルがシリアを破壊し、それを平和と呼ぶ(2024年12月13日/ジェフリー・D・サックス/コンソーシアム・ニュース) ※ティンバー・シカモア作戦〜シリアにおける10億ドルのCIA秘密戦争の突然の終結の裏側(By Mark MazzettiAdam Goldman and Michael S. Schmidt/2017年8月2日/ニューヨーク・タイムズ) ※シリアのアサドは、ペンタゴンが23年前に計画した通り、打倒された(2024年12月11日/ジョナサン・クック) (3)米国の経済制裁と石油略奪の凄まじい破壊力 西側政府・メディアが無視するのが、13年にもわたる米国とEUによる経済制裁と、米国のシリア石油地帯の領土強奪と盗掘です。まさに帝国主義的略奪です。そして国民の食料を供給してきた穀倉地帯の占領と破壊です。米国とテロリスト集団は、国家財政の財源、食糧資源を奪うことで、シリア国家を運営できないように仕向けたのです。シリア民衆の不満の根源は、こうした侵略軍による占領と破壊なのです。米国と西側は自らの悪辣な所業をアサド政権のせいにしたのです。絶対に許すことはできません。 具体的に言えば、ISISと闘うと称して国際法を無視してシリアに米軍を派遣し、「テロリストを攻撃する」と言いながら実際にはシリア軍に対する爆撃やミサイル攻撃を繰返し、SDFと連携して北部の油田地帯と穀倉地帯を占領し、シリアから復興の資金と食料を奪ったのです。石油収入の8割を盗みました。シリアがロシアと抵抗枢軸と協力して外部からの反政府武装勢力を追いつめると、イドリブ県に安全地帯を作り、保護し再武装させました。米国はアサド政権が化学兵器を使ったという事実を捏造し、全面的な経済制裁を課し、疲弊させボロボロにさせました。 シリアは2011年に米国とイスラエルらによるアサド打倒のキャンペーンが本格的に始まる前には、IMFが「シリアは機能し、成長を続ける中所得国」と認める国であり、その豊かさで中東の優等生と呼ばれていました。無料の医療がすべてのシリア国民に提供され、地域で最も高いレベルの医療を享受していました。教育も同様に無料でした。戦前のシリアは中東で唯一食糧生産の自給自足が可能な国だったのです。 ※シリアの民営化:アサド政権崩壊後、米国が国家の富を振り払う計画(インターナショナリスト360°/2024年12月18日/キット・クラレンバーグ) (4)ソ連崩壊直後から計画された反米諸国の打倒と破壊 米国の中東支配のための戦争はソ連崩壊後直ちに始まります。ソ連亡き後、存在してきた中東の反米諸国の政府を転覆し、自らの支配下に置こうと動き出したのです。1996年にイスラエルと米国のネオコン(リチャード・パールら)たちがネタニヤフ就任にあたり「クリーンブレーク戦略」を策定しました。パレスチナの占領を続け、アパルトヘイトを実施し、段階的に民族浄化を行う提言です。これに米国を引き込んで抵抗する近隣諸国を転覆させることでイスラエルが中東支配に加担しようというものです。2001年の9・11の後、ウェスリー・クラーク元米陸軍参謀総長は、米国はアフガニスタンに続いて、中東のさらに7つの国、すなわちイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、イランを戦争で転覆させるつもりだと明かにしました。9・11を絶好の好機として、反米国家転覆を一挙に進めようとしたのです。米国は2001年のアフガニスタン、イラク(2003年侵攻)、レバノン(米国によるイスラエルへの資金と武器供与)、リビア(2011年空爆)、シリア(2011年以降のCIAの作戦)、スーダン(2011年反政府勢力支援による分裂)、ソマリア(2006年エチオピアによる侵攻支援)等々、幾多の侵略戦争と政権転覆を主導、後援してきた。もう、残っているのはイランだけです。 ※米国とイスラエルがシリアを破壊し、それを平和と呼ぶ(2024年12月13日/ジェフリー・D・サックス/コンソーシアム・ニュース) 米国は驚くほど執拗にこれら諸国に対して外部からの干渉と政権打倒を繰返しました。米国に従わない政府を独裁、圧政、非人道的と宣伝し、「カラー革命」と暴力で政権を打倒し、反米政権を崩壊させてきました。シリアもこの米国の定型化されたシナリオに沿った教科書的な政権打倒の例でした。リビアをはじめ多くの国は、国家と生産力、富を破壊され、無政府状態と貧困のどん底に突き落とされました。シリアでも関係する諸国による領土分割と国家の分裂に持ち込み、無力化しようとしています。それは宣伝され称賛されるような「自由が復活した」とか「民主主義が実現した」などとは全く無関係な、似ても似つかない結果にこれら諸国を追い込みました。 この国を破壊し、国民を悲惨な状態に突き落としたのは、2011年以降の米国とイスラエルによる永遠ともいえる戦争、爆撃、経済制裁、米国による石油の接収・略奪、そしてイスラム原理主義テロリストの暴力です。アサド政権が国内で深刻な不満に直面していたことは間違いありませんが、彼の政権は数十年にわたって米国とイスラエルから崩壊を狙われていたのです。(ジェフリー・サックスは、シリアの崩壊が急速に進んだ理由は、10年以上にわたる経済制裁、戦争の負担、米国によるシリアの石油の接収、シリアを支援してきたロシアがウクライナ戦争によって優先事項が変更されたこと、そして最も直接的な理由としてシリア政府の軍事的後ろ盾であったヒズボラがレバノンでイスラエルの攻撃を受けて打撃を受けたことを挙げています) 2025年1月8日 |
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