[書評]『冬の兵士−イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実−』
反戦イラク帰還兵の会,アーロン グランツ (著),TUP (翻訳)
岩波書店 2009年8月19日発行 1995円

 2004年に発足した「反戦イラク帰還兵の会」(IVAW)は、「イラクからの即時無条件撤退」「退役・現役軍人の医療保障その他の給付」「イラク国民への賠償」を掲げて行動を起こした。そして2008年『冬の兵士 イラクとアフガニスタン 占領の目撃証言』と題した公聴会を開催することによって、今戦場で起こっている「真実」を人々の前に突きつけたのである。この時の証言をまとめたものが本書である。
 証言した多くの兵士たちは、2001年9月11日の同時多発「テロ」事件直後に入隊している。狂気ともいえるほどの愛国主義に燃え上がるアメリカ全土の雰囲気の中で、彼ら彼女らはアメリカを愛するがゆえ、祖国アメリカをテロから守りたいという一念で志願したのである。一方、経済的な理由から入隊を希望した人もたくさんいた。新兵募集係の「入隊すれば大学の学費が提供される」という甘い誘いに乗らざるを得なかった人もいる。また、家族を養っていくための一手段として自ら選んだ人も数多くいる。しかし、いずれにしても、彼ら彼女らはなんとか国を助け、守りたい、祖国アメリカのためにつくしたいという誇り高き愛国者であり、また、この戦争そのものは支持しないけれども、「アメリカの引き起こした混乱を自分たちの手で後始末し、イラク国民のために役立ちたい」(アダム・コケシュ)という強い責任感や義務感をもつ者たちなのである。

戦争遂行に不可欠な「非人間化」
 けれども、こうした人々は入隊後、信じがたいような「非人間化」へのレールに乗せられてしまうのである。イラクやアフガニスタンでの自らも含めたアメリカ軍の兵士たちの蛮行に、証言者たちは深い罪の意識に苛まれていることを吐露する。なぜ愚かとしか思えない殺人が繰り返されるのか、それを可能にするものは何か、ごく普通の若い男女を恐ろしい残虐行為に駆り立てるものは何か、その答えとして著者の一人は兵士たちが軍事訓練を経て非人間化されることをあげている。軍事訓練を通じて、兵士たちは人の命を奪うように命じられても抵抗を感じなくなるまで、死の概念を心の奥深くまで反復して叩き込まれる。そして敵を非人間化することで、自らの蛮行を正当化する思考を身につけさせられていく。「軍隊は単なる職業ではありません。文化です。自分の生活のあらゆる側面に浸透し、1日24時間どっぷり浸かっていると、その文化が骨の髄まで浸み込んでしまいます。・・・・私はイラク人を非人間化することを受け入れなければならなかったのだと思います。」(デイビッド・ハサン)というように、兵士たちは敵を非人間化しなければ生きていけない組織に身を置かざるを得ないのである。そして、イラクやアフガニスタンでの残虐な殺人行為を正当化するために、非人間化された敵を「ハジ」という言葉(イスラム教では最高の尊称だが、アメリカ軍では一般的に蔑称として使われている)で表象し、人格もない、名前もない、さらに殺されてもよいものとして扱うのである。このようにして野蛮な戦争を遂行することができる人間が、最高司令官から組織の末端に置かれた一兵士まで隅々に渡って浸透している人種差別と非人間化によって作り出されてきたという恐ろしい事実を私たち読者は兵士たちの証言から知ることができる。

想像を絶する戦場の実態と、兵士たちが置かれた状況
 それにしても、彼ら彼女らが赤裸々に語るイラクやアフガニスタンの戦場の様子は、私たちの想像を絶するものである。アメリカの占領に反対するイラク市民によるレジスタンスが活発になったこともあり、アメリカ軍の交戦規則は著しく緩められた。その結果として、路上にいるすべての者が敵の戦闘員とみなされ、通りがかりのタクシーの運転手や戸口から出てきた人、野菜を持って歩いていた人、そして自分たちに食料を届けてくれる人までも撃ち殺し、罪のない市民を日常的に殺傷することになってしまった。さらに、イラク人を殺すことは奨励され、競って戦利品である死体とともに写真におさまり、そしてイラク人の死体への冒涜が平気でなされていったのである。「私たちはテロリストと戦っていると教えられてしました。ところが本物のテロリストは私だった。そして本当のテロリズムはこの占領だ。」(マイケル・プライズナー)という証言の通り、正義のために立ち上がったはずの兵士たちの行為は、イラクの人々に対する無差別テロ行為へと変化していったのである。
 こうして崇高な愛国的理想を掲げてイラクやアフガニスタンに派兵された人々は、想像を超える状況に長い間置かれ、人間性を剥奪されてしまった。その上、戦場を去った後も、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やTBI(外傷性脳損傷)、負傷の後遺症に悩まされ、さらには退役軍人医療制度の恩恵を被れず、人間としての尊厳も自尊心も失った日々を送らざるを得なくなった。このことは、「米軍では、毎日18人の帰還兵が自殺している。退役軍人省の管轄下で治療を受けている元兵士のうち、毎月1000人が自殺を試みる。自殺する帰還兵のほうが、国外の戦闘で戦死する人よりも多い」という本書に挙げられている統計からもわかる。

真実を語ることで権力者たちに立ち向かう「冬の兵士」たち
 しかし、こうした戦場での「真実」や退役後の悲惨な「現状」は、大半のアメリカ人には知られていない。「議会や大統領、幕僚長そしてアメリカ国民がお気楽でいられるように、すべて世はこともなし、というふりができるように、私たち(兵士)がお悩みを代行」(アダム・コケシュ)しており、そのため「イラクへの軍事介入によって、イラク国民と米兵およびその家族の双方が味わう恐怖を、今日の米国社会は自分のものとして体験していない」(反戦イラク帰還兵の会現議長、カミロ・メヒア)ことが許されているからである。そしてこのことが、アメリカの意思決定をする人々、つまり権力者によって意図的になされている。権力者たちは、自分たちの周辺の者や金持ちには、戦争の影響で不便を感じることがないように、また、国民の大多数には戦争の直接の影響が及ばないようにする一方で、それ以外の人々、つまり米兵とその家族には嘘と恐怖を振りまいて、黙らせることに神経を使ってきたからである。
 こうして権力者によって隠蔽されてきた「真実」を、本書の中で証言している富も権力も持たない一市民、つまりアメリカ軍兵士とその家族、さらに被害を受けたイラク国民は公の場で語ることによって、公正で平和な世界を築こうとしている。つまり大きく歴史を動かそうとしているのである。しばしば歴史は権力者によって語られて、作り出される。実際、イラクやアフガニスタンで起こっている日々の物語も、その多くは政治家や軍隊の上層部、あるいはニュースキャスターや評論家、学者など戦場とは無縁の人々によって語られ、書き換えられている。しかし、本書の中に収められた証言者たちは、こうした歴史のつくられ方に異議を唱え、大きな権力に立ち向かっているのである。隅に追いやられた権力を持たない人々が、勇気を振り絞って真実を語ることによって権力に抵抗し、歴史を作り変えようとしていることが、本書の大きな意義であると思う。この本には、我々読者が忘れたいと望むような、信じられないと思うような真実が数え切れないほど収められている。しかし、こうした大きな危険を冒した「冬の兵士」たちの証言に、私たちは目をそむけることなく、自分たちのこととして受け止めることによって、彼ら彼女らの勇気に応えていかなければならないと思う。

2009年9月13日
リブ・イン・ピース☆9+25

<付録:各証言者の派遣地と派遣期間一覧>