10月26日のリブインピースの学習会はとても興味深い内容でした。米イラク帰還兵の心の闇のビデオの紹介、市街戦訓練を披露する陸上自衛隊のイベントの映像など、私たちが普段接することの出来ない軍の本質と兵士の行動についての貴重な情報だったと思います。戦争の非人間性がわかり戦争反対という確信を改めて強めることができました。 ところで、『戦争における「人殺し」の心理学』の報告レジュメで、戦争で「兵士が発砲する理由は?」という質問に対して、戦闘経験のない人は、「撃たないと撃たれるから」と答えますが、戦闘経験者は、「撃てと命令されるから」と答えるとされています。戦闘経験のない私にとっても、「撃たないと撃たれるから」というのがすぐにでてくる答えなのですが、これが現に戦っている兵士にとっては違うというのは大変意外でした。また、レジュメの中に「戦場に出た大多数の男たちは敵を殺そうとしなかったのだ。自分自身の生命、あるいは仲間の生命を救うためにすら」というような引用もあり、いかに戦場での兵士達の「自主性」に任せるのではなく、「殺せ」という命令を貫徹させる、心身にたたき込むことが重要かがわかりました。 それとの関係で、いくつか思うところがありましたので簡単な補足をしておきたいと思います。 軍の権威と命令に従わせる――「ミルグラム実験」から まず第一に第4部に登場する「ミルグラム実験」という、非常に恐ろしい実験に関してです。 1963年、心理学者のミルグラム博士は、権威者の命令に従う人間の心理状況を把握するために、ある実験を行いました。(この実験の前年にユダヤ人虐殺の責任者アイヒマンの裁判があり、彼は「私は命令を果たしただけだ」と述べました。この話を聞いて、ミルグラム博士は、人間は権威者の命令によって自分の倫理観に反した残虐行為ができるものなのかということを調査しようとしました。) この実験は、まず「記憶に関する実験」であるとして、被験者を広く新聞広告で募集して集めました。 被験者はもう一人の被験者(実は役者)とペアを組み、くじ引きでそれぞれ「生徒役」と「教師役」になりますが、本物の被験者は必ず、「教師役」になるよう仕組まれています。 「教師役」と「生徒役」は別々の部屋に分けられ、お互いに相手の声だけが聞こえるという状況にされます。 「教師役」は「生徒役」に問題を出し、「生徒役」が答えられないと、電流を流すスイッチを押さなければなりません。その電圧は、生徒が間違った答えを言うたびにだんだん強くしていかなければなりません。電圧が強められるたびに「生徒役」の苦悶の声は次第に強くなり、ついには絶叫となり、最大電圧を与えた後は無反応となります。(もちろんこれらはすべて演技であり、実際には電流は流されていません。) 「教師役」にされた被験者が、実験の続行を拒否しようとすると、その背後でクリップボードを持った白衣を着た「権威者」から次のような指示が出されます。 「どうそ続けてください。」 「この実験はあなたが続けることを必要としています。」 「あなたが続けることが絶対に不可欠です。」 「あなたに選択肢はありません。あなたは続けなければなりません。」 この四度目の通告がなされても、被験者が実験の続行を拒否するなら、実験はそこで中止されます。 この著書でも書かれているように、実験を始める前、ミルグラムは、精神科医や心理学者のグループに実験結果の予測を依頼しました。どのグループも、最大電圧を与える被験者は1%ぐらいしかいないだろうと回答しましたが、結果は、65%の被験者(40人中25人)が最大電圧に至るまでスイッチを入れ続けていました。実験への拒否を示しつつ…。 「自信に満ちた笑みを浮かべて、年配の貫禄あるビジネスマンが実験室に入ってきた。20分後にはその貫禄は消え、身をよじり、口ごもる哀れな男が残っているだけだった。急速に神経衰弱に陥りつつあった。ある時点で、こぶしをひたいに押し当て、「だめだ、もうやめよう」とつぶやいた。にも、かかわらず、その後も実験者の一語一語に反応し、最後まで命令に従いつづけた。」(同書p.243) この実験結果から、著者グロスマンは、「たった数分前に知り合ったばかりの権威者が、実験室の白衣とクリップボードだけでこれほど人を服従させることができるなら、軍の権威の標識と数ヶ月間の連帯があればどれほどのことができるであろうか」と述べています。 兵士を犬やネズミと同様「条件付け」、殺人を「反射」的に行わせる もう一点は、学習会で上映されていた『戦場 心の傷』でも何度も述べられていた「条件付け」についてです。 この著書の中では、第七部で「パブロフの古典的条件づけ」と「スキナー派のオペラント条件づけ」の二つが紹介されています。 「パブロフの犬」として知られている実験では、犬にえさを与える時にベルを鳴らすことを繰り返すと、やがて、ベルを鳴らしただけで唾液の分泌量が多くなるという結果が得られます。つまり、「えさ→唾液の分泌」は、生物が生得的にもっている「反射」ですが、ベルをならすという条件を繰り返すと、「ベル→唾液の分泌」という新しい反応が生まれました。これを「条件反射」といいます。 パブロフの実験では、ある生物が生得的に有している反応を新たな条件の下で生じさせることしかできません。それに対してスキナーは、ネズミに箱の中のレバーを押させるという、自然界ではありえない行動をさせることに成功しました。ある条件とある行動を結びつけることによって、生得なこととは無関係の行動をさせることができます。 これが兵士の訓練に利用された時、人間が持つ同種殺しへの嫌悪という生得的な反応に逆行する行動を取らせることができるのです。標的が現れた時、それを即座に銃で撃つというのは生得的には絶対にあり得ない行動です。しかし、兵士への訓練ではそれがなされるのです。そして、唾液の分泌という「反射」がその個人の意志とはまったく無関係に、無意識的におこなわれるのと同様、この「条件付け」によって、標的に対して銃の引き金を引くという行為が、無意識的におこなわれるようになります。しかし、その行為をおこなわせる代償の大きさは計り知れません。戦場でその行為を行わせたとしても、後に大量の兵士たちが深刻な精神疾患に陥るという大きな“リスク”を負っているのです。 イラク、アフガニスタンの市民に広がる精神疾患も極めて深刻 あと用語の問題ですが、第二部で述べている「精神的戦闘犠牲者」の様々な症例については、この10年あまりの間の精神医学の進歩によって、この本が書かれた当時と現在では名称が異なっているものもあります。例えば「転換ヒステリー」とありますが、「ヒステリー」という用語は現在は使用されていません。 また、この著者自身、この本では「殺す側の苦しみを中心に据えたために、犠牲者のこうむった苦痛については突っ込んでとりあげることができなかったかもしれない」と断り書きを入れていますがその通りです。犠牲者、被害者の被った苦痛については、先におこなわれた梁澄子さんの「日本軍『慰安婦』問題解決のための講演集会」において紹介されていた「複雑性PTSD」などについて理解しなければならないと思います。 ※日本軍「慰安婦」問題解決のための講演集会 「オレの心は負けてない」上映運動から見えてきたもの またイラク戦争においては、近くで爆弾が爆発して大きなショックを受けたり、戦闘に巻き込まれ被害を目撃した、家宅捜索で肉親が連れて行かれたり殺されたりした、そのような人たち特に子どもたちの間で精神疾患が急増しています。その数は数百万人とも言われています。私たちは、イラクやアフガニスタンでの犠牲について、一層の研究と暴露が必要だと思います。 以下、イラクでのメンタル被害の参考記事です。 ※Mental illness in Iraq rises as care falters ※Doctors work to rescue patients in Iraq's mental health system (2008年11月2日 S) [参考資料] 学習会用まとめ『戦争における「人殺し」の心理学』 |