本の紹介
「戦争と性」第34号 
特集 性暴力のない社会へ 「自分ごと」として考える
被害者自らが被害を語り、その場で聞いている人たちがしっかりと受け止める
発行「戦争と性」編集室 2021年5月

編集発行人の谷口さんは1954年生まれ。出版社に勤務の後、1989年より2年間、海外の平和・人権団体を 訪ねる。その後、日本人男性のアジアでの買春問題や「慰安婦」問題に取り組む。「戦争と性を見つめる旅―加害者の視点から」「性を買う男」等の著書がある。

知人からこの著書を紹介され、本を開いてみました。すると、最初に読んだ谷口和憲さんが書いた「特集 性暴力のない社会へ――『自分ごと』として考える」に驚愕させられたのです。男性が性犯罪・性暴力にこれほどまでに真摯に向かい合い、語り、行動できるのであろうか、と感動したからでした。
谷口さんは「性暴力を考えるうえで、・・・とりわけ男性の場合、自分自身の性の加害性や暴力性を問い、そのあり方を変えていくことが現在の男社会を変えていくことに繋がると主張してきました」とし、編集後記では、「自分ごと」をテーマとして「男性が書きにくいのは、自らに何らかの『頸に傷』があるからだ。こういう私も買春体験があり」と自らの事を公にしています。「戦時中の公娼制度、慰安婦制度、戦後のアジア各地への買春ツアー、JKビジネス(女子高生を売り物にしたサービス業)。私はこのような日本の男たちの性の歴史を、自分自身の性のあり方も含めて変えていきたいと思っている」と語っていることにも感激しました。
特集は、谷口さんが3人にインタビューを行うことから始まっています。これを中心に紹介しますが、他にも、それぞれが性暴力問題に取り組む人々の論説や、37名にのぼる読者からの声を集約するなど力のこもったものとなっています。
特集以外も本書の内容は濃く、とても全部を紹介できない。とにかくぜひ本書を手にとって一読願いたいと思います。

被害者が望む法改正とは――刑事法検討会委員となって思う事
山本潤さんは、法務省性犯罪刑法改正検討委員、現在看護師(性暴力被害者支援看護師)・保健師、性暴力被害者と支援者で構成される「一般社団法人Spring」の代表理事、父親からの性暴力被害者。

 山本潤さんは性暴力被害者の立場から刑法性犯罪の改正を目指し、この数年来粘り強く闘ってきました。インタビューは2020年12月21日で、被害者の代表として法務省の刑事法検討会委員になって奮闘していた頃です。山本さんは、検討会が被害者中心主義からの意見を取り入れるように求めました。しかし、検討委員18人の内、被害者支援側は山本さんを含めてわずか5人です。検討会は、被害者の視点に立っての議論が行われず、「法律の専門家が被害の実態をどこまで分かっているのか、不安に思うことがあります」と危惧しています。首をかしげるような検討会の議論の内容がよく分かります。
 聞き手の谷口さんは、性暴力被害に取り組む弁護士である角田由紀子さんの「性の法律学」を30年も前に読んでいて、その中に書かれている「配偶者間の性暴力」が他者への性暴力に繋がると鋭く指摘しています。「婚姻関係があると、夫が妻に対して暴行や脅迫で性行為を強要しても『強姦罪』(現在「強制性行罪」)は適用されず」、「これでは結婚した女性には性の自己決定権がない」と。そして、「角田さんはこれを何とか変えなければいけないと訴えていました。私もこれは問題の核心だと思います。つまり、一番近いパートナーとの関係をどう考えるかということが、実は社会的な関係の中で女性とどういう関係をもつかということとが繋がっている」と。 

広河隆一の性暴力事件に向き合う 男が自らを変えるために
金子雅臣(まさおみ)さんは、一般社会法人「職場のハラスメント研究所」所長、広河隆一の性暴力事件を報告書にまとめたデイズジャパン検証委員会の委員長を務めた。

 広河隆一が性暴力の加害者であることは、よく知られています。しかし、彼が行った性暴力の実態についてはあまり知られていないでしょう。インタビューの後に資料として掲載されている「広河氏によるハラスメント行為」は彼の性暴力加害者としての姿を暴いています。関係性を作り、社会的地位を利用し、女性が逃げられない状況に追い込むやり方は、性暴力加害者の典型的な姿です。
今までの「デイズジャパン」の性暴力の記事は何だったのか? 「日本軍慰安婦」問題やポルノなどをテーマ取り上げたのはなぜなのか? 露呈した広河の起こした多くの性被害とのギャップは何なのか? これらの疑問がインタビューを通して解明されています。また、谷口さんが性暴力に向き合ったきっかけや男としてこのようにならないようにするにはどうしたらよいのか、という対談も掲載されています。
「『反権力』を標榜する男たちの性暴力」。広河隆一に限らず、「他人の権力については敏感な一方、自分の権力については全く認識していないことのギャップをどう埋めるのか」。金子さんはこの問題意識を社会運動の当事者に要求しています。そして、「いくら表に向かって反権力を唱えても、自らの権力との対峙、私的領域における権力問題、さらに言うと、夫婦間や日常の男女関係も含めて、しっかりと見つめ直していく、力関係を見ていく視点が必要です」と訴えています。

性暴力被害を受け止めることのできる社会へ ――「慰安婦」被害から現代の性売買まで
金富子(キム・プジャ)さんは、東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授、「戦争と女性への暴力」リサーチアクションセンター共同代表。

 金富子さんは、「性暴力被害を聴く」の編者です。金さんは、「性暴力被害を受け止める社会の力、ということに関して言えば、日本軍『慰安婦』問題の運動史を振り返ることで見えてくるものがあります」とし、韓国では「性暴力被害を受け止める力、聴く姿勢」ができていたが、日本は不十分であったと指摘しています。「日本の市民やフェミニストたちには、植民地支配への知識や感性が決定的に不足」していたからで、そのために「歴史修正主義者の言うことがまるで正当であるかのように社会を覆って」しまいました。さらに韓国では、「民主化運動を闘い社会変革をしたことによる自信や実績、経験が背景として」あった、と結論づけています。
 日本軍「慰安婦」問題を理解するには「歴史的視点で見ること」、「それをミクロ的に見る視点だけでなく、構造をみるマクロの視点でも見なければなりません」。この見方が現代の性被害を本当に理解することだと金さんは主張しています。例えば、JKビジネスの背景にある「貧しさに加えて、家庭の機能不全の問題、社会的なジェンダー不平等」を理解することが必要だ、と。
最後に「基本的には人権です。人を人として尊重できるか、その人の人権意識が大きく試されています」と簡潔であるが重い問いを突きつけています。
アジアを植民地し侵略をした私たちは「慰安婦」被害や現在の性被害についてどう真剣に向き合っていくのか考えさせられます。

不同意性交が性暴力犯罪にならないのはなぜ? ――その背景にある歴史と思想
角田(つのだ)由紀子さんは弁護士で、80年代後半からセクハラや性暴力被害の問題に取り組む。著書「性と法律」、「性差別と暴力」、「性の法律学」など。

 刑事法検討会で「不同意性交罪の新設」が求められていますが、この意味するものは何なのか、なぜ不同意性交でも無罪となるのでしょうか。日本でも、不同意性行は犯罪です。ただし問題は、不同意と認められるには非現実的な法律が壁となっていることです。
角田由紀子さんによると、現行の暴行・脅迫要件の背負っている歴史的なものがあるということです。刑法は、1907年に制定され、当時の天皇制と家父長制社会を維持するのが目的でした。男性が女性に一方的に子どもを産ませることを奨励した時代の刑法であって、「そもそも性暴力犯罪における被害者の権利という考えがなかった」。このため。暴行・脅迫は「被害者が抵抗を著しく困難にする程度」でなければ、不同意と認めないことになっているのです。

男が自ら暴力性から脱却するために ――男子への性教育で試みてきた事
山崎比呂志さんは、1977年より兵庫県立高等学校で地歴公民科教諭として40年勤務。2017年より京都教育大学非常勤講師「ジェンダー論」担当。「人間と性」教育研究協議会代表。

 山崎比呂志さんは、高校教員時代から性教育に取り組んできました。男子生徒への性教育の試みは「レイプ」や「人口妊娠中絶」の授業など、新たに男性が加害者にならないために構成した授業を作り続けました。しかし、ことごとくうまくいかず、山崎さんは悩み続けます。その試みと生徒の反応がよく分かり興味深いです。そして、山崎さんのたどり着いた結論は、「若者たちには『働き方改革』も含めて意識的に支配しようとしない『笑顔の男』を目指してもらいたいと願っている」というものです。

日本軍「慰安婦」被害者たちで飾られるバックナンバー表紙
 この『戦争と性』の最新号(34号)を読んで驚いた私は、即刻バックナンバーを何冊か取り寄せてみました。発行は不定期で30号から34号まで10年間で5冊。どれも中身が充実し、渾身の力を振り絞って各号を作り上げている執念と気迫を感じます。
 各号の特集を拾ってみると、「震災、原発、そして戦争を考える」(30号・2011年秋)、「反戦・反差別・反原発という『希望』」(31号・2014年春)、「安倍政治を許さない! 歴史に責任をもち、一人一人が行動するために」(32号・2016年春)、「象徴天皇制について考える」(33号・2019年春)。
 性暴力問題を狭くとらえず、各号とも、その時々の焦眉の課題に鋭く切り込み、様々な個人、運動団体などとの闘う連帯を広く求めています。その中で、日本軍「慰安婦」問題=性奴隷制問題が常に中心に位置し、本誌の原点がここにあることをうかがわせます。そのことを象徴するかのように30〜34号の表紙がすべて、「慰安婦」被害者たちで飾られています。
 このような稀有の雑誌を長年にわたって粘り強く発行し続けていることに、心から敬意を表したいと思います。


戦争と性」の購入先アドレス
 https://honto.jp/netstore/search/pb_9000162635.html

      

2021年10月19日
リブ・イン・ピース☆9+25