[投稿]『はだしのゲン』が問いかけるもの〜全10巻英訳完成・発売の記事をみて思う


 今朝の新聞に『はだしのゲン』全10巻の英訳が完成し、今夏にも米国で発売されるという記事が掲載されていた。
 『はだしのゲン』の英訳がまだなされていなかったというのは、意外であった。というのも、先日韓国を訪問した時に、韓国語版の『はだしのゲン』があるのを見つけたからである。しかも、子どもたちにこの漫画を読んだ感想を募集するという運動まで行われているのである。韓国語訳が出ているくらいだから英訳も当然出ているものだとばかり思っていた。
 しかし一方では、これまで米国で発売されてこなかったというのは、この漫画の内容からして不思議なことではないという気もする。というのは、この漫画は、原爆による被害の悲惨さだけではなく、原爆を落とした米国への恨み、怒りがそこかしこにあふれているからである。

 例えば、少年ジャンプに連載されていた部分(1巻〜4巻)にはこんな場面がある。

 被爆死した死者たちの遺骨を米兵がブルドーザーで処理している。ゲンはせめてお経だけでもあげようとする。そんなゲンの姿を見て米兵はガムをゲンに与える。これまで米兵からの菓子を喜んで受け取っていたゲンは、その手をはたき、激しくくってかかる。「いらんわい。わしゃおどれらはきらいじゃ」「おどれらアメリカが原爆を落とした罪はきえないんだぞ。わすれるな!」

 戦後の奮闘を描いた5巻以降では、GHQや米国の機関による理不尽さとそれに対するゲンたちの怒りを描く場面は実に多くなる。

 原爆を受けたゲンの母が具合が悪くなり、医者に診せると原爆被害の調査機関である「ABCC」を紹介される。「アメリカの医学はすすんでいる」からと言われ、ワラをもつかむ思いでゲンの兄が連れて行ったところ、検査をされただけで治療は何もされなかった。しかも手渡された用紙には、母親の名前が「標本名」として記されていたのである。「か、かあさんを実験材料の昆虫のつもりでいやがるのか。ばかにするなっ。」

 ゲンはガイコツを拾って米兵に売っている少年と出会う。ゲンはその行為をひどく非難したが、目の見えない弟の治療費を作るためだと知って、ゲンもまたガイコツを売るようになる。ゲンの知り合いの「おっさん」はその話を聞いて、そのガイコツの額に「怨」という文字を書く。「このガイコツがアメリカ兵に買われてアメリカへ渡ったら、アメリカにいる原爆を落としたやつらをうらみ殺してもらいたいんじゃ。」そしてゲンたちは「怨」と書かれたガイコツを売り、米兵たちはその字の意味も知らず「オ、ナイスデザイン」と言いながら買っていく。

 「おっさん」は、元々小説家であったが、家族全員を原爆で失い、一時期はひどく無気力な生活を送っていた。しかし、孤児たちの親代わりになり、そして被爆体験を小説に書くことで生きる気力を取り戻した。原爆症に苦しみながらも、小説を書き上げ、紙を手に入れるのにもままならぬ中でゲンたちのがんばりでようやく本は完成した。しかし、完成と同時に「おっさん」は死んでしまう。ところが、米軍の特務機関によって発行が禁じられ、ゲンたちも捕まってしまう…。

 『はだしのゲン』が告発しているのは米軍だけではない。米軍に協力することで甘い汁を吸っている日本人や、軍国主義時代の考えをそのまま引きずる大人たち、そして戦争の責任を取ろうとしない天皇に対する怒りが、具体的なエピソードによって力強く語られる。また、そうしたことに批判的でありながらもふがいなく愚痴をこぼすだけの大人たちに対してもゲンの叱咤激励は飛ぶ。「ばかたれっ!しっかりせえや」

 作者の中沢啓治氏は「核兵器の恐ろしさを若い世代に知ってほしい。オバマ米大統領にも贈呈したい」と語ったという。私も「核兵器を使用した唯一の核保有国として道義的な責任がある」と言ったオバマ大統領にはぜひこの漫画を読んでほしいと思う。この漫画に対してどう思うかで、大統領のその言葉が本物なのかどうかがわかるような気がする。

(2009年4月25日 鈴)