シリーズ:脅威を煽っているのは誰か!?――日本政府の戦争挑発と在日米軍基地の危険(その1)
「敵基地攻撃論」を批判する
リアリティのない幼稚な議論だが、軍事的緊張を一層あおる危険

またしても叫ばれる「敵基地攻撃論」
 今年4月の朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)のミサイル発射とその後の核実験を口実として、自民党、民主党の右派議員の間から、「自衛隊が敵の基地を攻撃する能力を持つべき」とする「敵基地攻撃論」が声高に叫ばれるようになった。
 自民党政調国防部会・防衛政策検討小委員会が6月9日に出した「提言・新防衛計画の大綱について」では、「『座して自滅を待つ』ことのないよう、弾道ミサイル防衛の一環としての攻撃能力を確保」、「わが国自身による敵ミサイル基地攻撃能力の保有を検討すべきである」とし、具体的には「宇宙利用による情報収集衛星と通信衛星システムによる目標情報のダウンリンクと巡航ミサイルや小型固体ロケット技術を組合せた飛翔体への司令により正確に弾着させる能力の開発を実現可能とすべき」としている。
提言:新防衛計画の大綱について(自民党ホームページ)

 一方、民主党右派議員も、この合唱に加わっている。浅尾慶一郎「次の内閣」防衛相(当時,7/24に除籍)は、5月の朝日新聞紙上で、「万に一つでも、北朝鮮のミサイルが日本に命中することは阻止しなければならない。‥‥確実なのは先にたたくということ。例えばオーストラリアが導入を計画している巡航ミサイルのトマホークのようなものを持つのも、一つの選択肢として考える」、「北朝鮮が核・ミサイル開発を続ければ、敵基地攻撃が感情論ではなく、日本として必然的な結論にならざるを得ないかもしれない」などと語っている。前原誠司副代表も「やられたらやり返す能力を持つことは憲法上許されている。米国にばかり依存して日本自身が対処する能力を持てないのはおかしい」とテレビなどで述べている。
<オピニオン>北朝鮮の核実験 インタビュー・石破茂さん、浅尾慶一郎さん(5/27朝日新聞記事が“許すな!憲法改悪・市民連絡会」のブログに転載されたもの)

 敵基地攻撃論が叫ばれるのは今回が初めてではない。1956年、鳩山一郎首相が国会で、「座して死を待つことが憲法の趣旨ではない、誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がない場合、誘導弾等の基地を叩くことは、法理的には自衛の範囲に含まれる」と答弁した。この答弁が現在まで政府統一見解となっている。
 近年では、北朝鮮脅威論が高まるたびに、自民や民主の右派議員が繰り返し主張して来た。2003年1月の北朝鮮の核拡散防止条約(NPT)脱退宣言や、06年7月、北朝鮮の弾道ミサイル発射実験の際である。

リアリティのなさ
 言葉だけは勇ましい敵基地攻撃論だが、これまで、そのための装備の調達といった準備が具体的に進められたことはない。今回も、今のところ具体的な戦略を欠いたムード的な側面が強い。それには理由がある。
 そもそも軍事技術的にリアリティがない。発射台に据えてから液体燃料を長時間かけて注入するテポドンはともかく、移動式ランチャーから発射されるといわれるノドンをどうやって破壊するのか。石破茂元防衛相ですら、5月の朝日新聞紙上で「ノドンがどこにあるのか分からないのにどうやってたたくのか。200基配備されているとして2つ3つつぶして、あと全部降ってきたらどうするんだ。まことに現実的ではない」と発言するほどである。
 速度の遅い巡航ミサイルで攻撃しても、到着する頃には標的は移動している。数十メートル移動しただけでも、巡航ミサイルでは破壊できない。偵察機がランチャーを発見して地上攻撃機に知らせても、攻撃機が到着するまでに移動してしまう。攻撃機自身で探しながら攻撃するためには、北朝鮮上空に完全な制空権を確保しなければならない、等々。
 湾岸戦争において、イラク軍の移動式ランチャーで発射されるスカッドミサイルを破壊するため、米英軍は圧倒的な空軍力で制空権を確保し、特殊部隊による「スカッド狩り」を行ったが、ほとんど効果はなく、イスラエルやサウジアラビアに向けて多くのミサイルが発射された。障害物が少ないイラクの砂漠で、米英軍が精力を注いでもそういう結果なのだから、自衛隊が北朝鮮のミサイルを破壊するのはなおさら困難である。
 政治的にも障害が多い。北朝鮮1国にとどまらず、当然中国も、おそらく韓国・ロシアも反発する。東アジアの現在の安全保障の枠組みを破壊する。そうなれば米にとっても好ましい事態ではない。
 政権政党でない民主党内で勇ましい発言が目立ち、逆に自民党内で慎重論が根強い背景には、このような現実がある。石破は、「敵基地攻撃なんていう現実性のないことを言っていてどうする」、「北朝鮮が核実験をしたら、急に世論が沸騰し、やれ核兵器保有だ、やれ敵基地攻撃だというと、『日本はこんなこと言っているから、協議から外そうよ』となっちゃう」と発言している。石原伸晃幹事長代理も「日本が相手国を攻撃できる武器を持てば、日米関係は大きく変質する。アジアの国々の反発も大きい」とテレビで発言している。
 にもかかわらず、勇ましい発言が相次ぐのは、6ヶ国協議などにおいて日本が無視され孤立している状況軍事的恫喝によって打開しようという意図があるからである。次の浅尾の発言がうまく彼らの目論見を表している。「仮に北朝鮮が無謀な核実験を繰り返すことによって、わが国も防衛力を高めなければということになれば、それは中国にとって望ましいことなのか、ということになる。中国も北朝鮮に強く自制を求めないと、日本の国内世論は納得しませんよ、ということを伝えるべきだ。‥‥こうした議論を通じて、日本も本気だということが他国に伝われば、中国などの北朝鮮に対する対応も変わってくることもあり得る」
 要するに、他国が日本の言うことを聞いてくれないのは、日本がなめられているからだ、本気で攻撃するような姿勢を見せれば、他国も日本に一目置くはずだ、というわけだ。しかし、軍事力の行使をちらつかせることで政治的な目的を達成しようとていう意図ほど危険なものはない。

幼稚、でも危険
 このように、現在の敵基地攻撃論は軍事的なリアリティを持つ議論ではない。北朝鮮への軍事攻撃能力を保有すべきという議論を公然と行っておきながら、その後の戦争そのものに対する方針は何もない幼稚な議論なのである。
 しかしながら、リアリティがないからと言って危険性を過小評価はできない。「先制攻撃で叩けばそれで終わるだろう」という、何の根拠もない楽観論それ自体が危険である。彼我の力関係を冷静に見ることなく、戦争に突き進んだ過去を思い起こさせる。
 民主党政権になれば、こうした幼稚な議論を主導している者が防衛相に就任する可能性が高い。現在の与党より危険な方向に進む恐れもあり、注意が必要である。
 だが最大の危険は、敵基地攻撃能力とミサイル防衛が結びつくことで、本来は防衛措置であるはずの「敵基地攻撃能力論」が事実上の先制攻撃戦略として前面に押し出されてしまう事である。日本からの敵基地攻撃ですべてのミサイルを破壊できなくとも、相手のミサイルの数を減らすことができれば、残りのミサイルをMDで撃ち落としやすくなる、という考えである。こうした考え方で「合理化」され、戦略として具体的に推進される危険性にも警戒しなければならない。
 03年に成立した「武力攻撃事態対処法」に規定された「武力攻撃予測事態」とは、「武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」であり、「武力攻撃予測事態においては、武力攻撃の発生が回避されるようにしなければならない」と規定されている。56年の鳩山の答弁は「実際に攻撃された場合、次の攻撃を防止するために最低限の反撃をする」というものであったはずだが、現在の敵基地攻撃論は「やられる前にぶっつぶせ」という予防戦争、先制攻撃の危険を本質的に含む。このような予防的な先制攻撃は、日本国憲法はおろか、国際法、国連憲章によっても認められていない。大量破壊兵器の所有を口実として行ったイラク攻撃と寸分違わない事態である。
 また、実際に軍事行動には至らずとも、そうした議論自体が東アジアにおける緊張をあおり、軍拡競争を招くものであり、決して許されない。憲法9条違反は言うまでもなく、「専守防衛」という建前にも明確に違反する。敵基地攻撃を議論すること自体が脅威となる。一切やめるべきである。

2009年8月3日
リブ・イン・ピース☆9+25