“[シリーズ]「海賊対策」を名目とした自衛艦ソマリア沖派遣に反対する”の最後に、一つの論説の翻訳を紹介したい。著者のモハメド・アブシル・ワルドは、ソマリア救済民主戦線(SSDF Somali Salvation Democratic Front)の1984-1986年の暫定議長、バーレ体制崩壊後1991-1994年の総書記である。(SSDFは、1981年バーレ体制に反対する幾人かの陸軍将校によって創設され、1998年Puntlandの樹立を宣言するまで活動した、ソマリアの主要な政治的・凖軍事的な包括的組織の一つである。) 論説は「ソマリアの二種類の海賊行為:なぜ世界は他方を無視するのか?」という今年1月に発表された記事である。著者は、現在大騒ぎしているソマリアの海賊に対して、もう一つの海賊こそがより根源ではないのかと問う。それは、先進諸国がソマリア沖で行っている不法漁業と不法海洋投棄という2つの海賊行為である。 この暴露を読むと私たちは、先進諸国が途上国に対して行ってきた、そして今も行っている途方もない搾取と収奪、略奪、環境破壊と生存権の剥奪についての認識がまだまだ甘いと改めて痛感させられる。ビクトリア湖の環境破壊と奴隷労働を告発した映画『ダーウィンの悪夢』(フーベルト・ザウパー監督 2004年 フランス・ベルギー・オーストリア共同制作)を思い起こさせる。まさにアフリカ・ケニアの湖で起こったことが、ソマリア沖で起こっていたのである。ソマリアの「海賊」問題による治安悪化が意図的に煽られているが、実は問題はそんなところにあるのではない。「海賊問題」は、最低でも数十年にわたって帝国主義諸国がアフリカに対して行ってきたことの結果に他ならない。 著者は現在起こっている事態を「海賊戦争」と呼び、不法漁船が重武装でソマリア漁民を脅し捕らえ、時には殺害したため、地元漁民の側も武装の近代化をせざるを得なくなったことを指摘している。日本を含め、軍艦を派遣する諸国は、「海賊戦争」の一方の当事者ではないのか。不法投棄や不法漁業は現在も続けられている。先進諸国が軍艦を派遣しているのは「海洋輸送ルートの確保」という一般的な目的ではなく、もっと生々しい目的ではないのか。著者は昨年挙がったソマリアに関する国連決議の意図を、ソマリア海での不法な漁船団を間接的に守ろうとする隠れた動機を持っているのかもしれないといい、利権に絡む国として「NATO、EU、ロシア、日本、インド、マレーシア、エジプト、イエメンなど」を名指しする。何しろ、2005年ソマリア海域に800隻以上のIUU(不法漁業)大型漁船が活動し、年間4億5千万ドルもの魚が不法に持ち去られているというのである。その漁法も、海がめや赤ん坊クジラなど「絶滅危惧種」も顧みず、水中爆破や流し網の無差別の使用など許し難いものである。仮に日本で行われたならば、直ちに漁業権の侵害、不法投棄による環境破壊で告発されるのは間違いない。 4月半ば、「海賊」に乗っ取られたフェリーに米国が特殊部隊を送り込んで「海賊」3人を射殺する事件が起こった。オバマ大統領が指示したものだ。これに関して、著者モハメド・ワルドは、デモクラシー・ナウの番組で電話インタビューに応じ、改めて先進諸国による海賊行為と殺りくを糾弾している。この番組には、ソマリアの漁師と商人が登場し、米海兵隊などが、漁をする漁船や商船を検査し写真を撮り乗組員を捕らえるなどを頻繁に繰り返すため、生活そのものが著しく制約されていることを告発する。先進国による2つの海賊行為に加え、軍艦の派遣がさらなる困難をソマリア人民に与えているのである。 ※Analysis: Somalia Piracy Began in Response to Illegal Fishing and Toxic Dumping by Western Ships off Somali Coast ※ニューズウィーク4月29日号は、スペシャルレポートとして海賊対策に武力を用いるというやり方に対して批判的な記事を掲載している。他ならぬ海運専門家たちが、今回の「救出作戦」がむしろこの海域の治安を一層悪化させると危惧し、単なる「洋上の強盗」を反米の「海のゲリラ戦士」に変えてしまうと警告している。同特集で元米海軍中佐ジョン・バッチは「たかが海賊で騒ぎすぎ」と言い、「海賊を放置するという選択肢もある」と語っている。これらはいずれも米や先進諸国がソマリアで行っている犯罪行為に対する自己批判を欠落したものであるが、真実の一部を語っている。 「海賊対処法」の国会議論で決して問題にされないこと、先進諸国がソマリア沖で行っている2つの海賊行為。この問題を多くの人たちに知らせ、自衛艦のソマリア沖派遣に反対する声を広げていきたい。 2009年5月3日 [抄訳]ソマリアの二種類の海賊行為:なぜ世界は他方を無視するのか? 海賊行為とソマリア海の侵略 最近、世界の注目がソマリアのシーレーンに集まっている。大小の国の海軍が、アデン湾とインド洋のソマリア海域に集結している。ソマリアの海賊による船舶のハイジャック事件が、世界のメディアの注意をひきつけている。この悪名高い新しい海賊行為(shipping piracy)に対して当然のように戦争が宣言されている。しかし、ソマリアでの全ての海賊行為のより古い根源――外国の不法漁業海賊行為(fishing piracy)――は無視されている。 もっと強力な国際的行動を求める大合唱は、ソマリアの領海と排他的経済水域を侵略し支配しようとする、海軍の多国的及び一国的集結をもたらした。国連安保理――その多くのメンバーはソマリア海での不法な漁船団を間接的に守ろうとする隠れた動機を持っているのかもしれない――は、決議1816、1838を可決し、ソマリアの海の利益の分け前を欲するどんな国にもライセンスを与えた。NATO、EU、ロシア、日本、インド、マレーシア、エジプト、イエメンなどが争いに加わった。 決議1816、1838は、西アフリカ、カリブ、南アフリカの多くの諸国に反対されたが、主権を守るために修正を要求する強力な国連代表を持たないソマリアにだけ適用された。これらの決議草案に対するソマリア市民社会の反対は無視された。 大規模な「世界的艦隊」の侵略が、アデン湾とインド洋の通行の激しい貿易輸送ルートを海賊から防衛するという口実で行われている。しかし、そこは不法な密漁者もまた活発に活動している所である。 不法漁業海賊行為 経済面、環境面、安全面でずっと有害なものは、大規模な外国の不法漁業海賊行為であり、1991年のソマリア体制の崩壊からの18年間、ソマリアの海洋資源を密漁し破壊している。「国際社会」は、ソマリア漁民の海賊に対しては戦争を宣言しながら、他方ではヨーロッパ、アラビア、極東からの無数の不法・無届け・無規制(Illegal, Unreported and Unregulated IUU)の船隊を慎重に保護している。 国連、NATO、EUは、同じ海域でのIUUによる略奪からソマリア海洋資源をなぜ保護しないのか。不法漁業海賊行為は無視されているだけでなく、取り締まるどんな決議や法令も作られず、略奪の継続が奨励されている。ソマリアの漁民は、海賊のレッテルを張られ、ソマリア海域を支配する外国海軍に攻撃されることを恐れ、IUUをもはや追い払うことができない。伝統的なソマリアの貿易帆船でさえも海賊と間違われてパニックに陥っている。 a)IUUの脅威と魚ロンダリングの慣行 公海タスクフォース(HSTF High Sea Task Force)によれば、IUUは、国境線も主権も尊重せず、資源、海洋生物、生息地に害を及ぼしている。稚魚の漁獲制限、産卵地の保全などのルールを破り、海洋生態系に害を及ぼしている。世界で最も貧しい人々から貴重な蛋白源を奪い、法的に正当な漁民の生計を破壊している。海岸近くにまでトロール船が侵入し、地元の漁船への衝突、漁用具の破壊、漁民の死を引き起こしている。HSTFはIUUの世界の漁獲高を40-90億ドルと見積もり、その大部分をサハラ以南のアフリカ、とくにソマリアからと見ている。 IUUは母船の工場や海上での輸送と補給を通じて魚ロンダリングをやっている。不法に獲った魚は運搬船に移され、そこで合法的に獲った魚と混ぜられる。魚ロンダリングは、ブラックマーケットで何億ドルにもなるが、マネーロンダリングと同様の犯罪であるとは見なされていない。ソマリアの魚ロンダリングに利用されている国には、セーシェル、モーリシャス、モルジブが入っている。 EUによる魚の繁殖のための漁業水域の多くの5-15年間の閉鎖、アジアの乱獲、栄養豊富な海産物への国際的需要の増大、世界の食糧欠乏への不安の高まりに伴い、豊かで無規制で無保護のソマリアの海は多くの国の漁船団のターゲットとなった。 船を襲う海賊の行動は非難されるべきで、この論文はそれらの行動を正当化しようとするものではなく、それらは止められなければならない。しかし、同時に詐欺的なIUUの海賊行為に注意を向けること無しには解決されはしないであろう。 b)ソマリア海賊戦争の起源 二種類の海賊行為の起源は、ソマリアのバーレ体制の崩壊と海軍及び沿岸警備隊の崩壊の後の1992年にさかのぼる。1974年と1986年の深刻な旱魃に続いて、それで生計を全て失った何万もの遊牧民が、3,300kmのソマリア海岸の村々に移り住んだ。かれらは沿岸漁業に生計を依存する大きな漁業社会へと発展した。1991―1992年のソマリア内戦の開始から、不法なトロール船が、沿岸12マイルの職人的漁業の海域を含むソマリア海域に不法侵入し始めた。不法漁業船が地元の漁民の漁場を侵し、アフリカの角の先端に沿った温かい隆起した60kmの深い大陸棚で豊富なエビと高価な魚を獲った。 地元漁民とIUUとの海賊戦争がここで始まった。地元漁民の記録によれば、トロール船は、カヌーの漁民に熱湯を浴びせたり、網を切ったり破壊したり、舟を壊したり、そこに乗っている者全てを殺したりした。後に漁民は武装した。それに応じて、外国大型漁船の多くははるかに高性能な武器で武装し、漁民を圧倒し始めた。地元漁民が自らの戦術を見直し、武器を近代化するのは時間の問題であった。戦闘のこのサイクルは1991年から現在まで続いている。今では不法漁業海賊と船を襲う海賊との間のれっきとした戦闘へと発展しつつある。 HSTFによれば、2005年ソマリア海域に、自らの海域と漁場を警備し管理するソマリアの能力の無さにつけ込んだ、800隻以上のIUU大型漁船があった。IUUは、年間4億5千万ドル以上の魚をソマリアから持ち去り、地元漁民への補償もなく、税金や入漁料の支払いもなく、漁業規制と結びついたどんな保護や環境規則も尊重しない。EUのIUUだけで、毎年ソマリアへの援助額の5倍以上を獲り去っていると信じられている。 1991年以来ソマリアで操業している外国の不法トロール船は、大部分がEUとアジアの漁業会社――イタリア、フランス、スペイン、ギリシャ、ロシア、イギリス、ウクライナ、日本、韓国、台湾、インド、イエメン、エジプト、他多数――によって所有されている。 ソマリアの軍閥と組んで、いんちきの漁業ライセンスを与える目的の新会社が外国で作られた。イギリスとイタリアに本拠地を置くAFMETとPALMERA、UAEに本拠地を置くSAMICO。それらのマフィア会社の顧問には、立派な会社と思われている会社も入っている。そんな漁業ライセンスの発行を、地元の漁民や海洋専門家は「泥棒同士」の取引と呼んでいる。 不法な漁業と有害廃棄物投棄に対するソマリアの苦情と訴え IUUと不法漁業に密接に結びついているもう一つの大きな問題は、産業の、有毒な、核の廃棄物のソマリア沿岸及び沖合いへの投棄である。ソマリア当局、地元漁民、市民社会諸組織、国際諸組織は、この犯罪的行動の危険な結果を報告し警告した。1991年9月16日、ソマリア北東地域を管理するSSDF(Somali Salvation Democratic Front)は、ソマリア海域での無認可の不法の外国漁船の活動禁止を声明し、1992年4月、無認可のイタリアのトロール船によるソマリアの海洋資源盗略と生態系破壊についてイタリア外相に文書を送った。 1995年9月、ソマリア警察グループの全てのリーダーと二大ソマリアNGOネットワークは共同で、ガリ国連事務総長に文書を、そのコピーをEU、アラブ連盟、OIC、OAU、他の関係諸政党に送り、ソマリア海域での不法漁業と有害物質の海洋投棄の危機を詳述し、この海域を管理保護する機関の設立を国連に要求した。1998年から2006年まで、ソマリアのプントランド州の歴代の漁業大臣たちは、繰り返し国連をはじめとする国際社会に要求し続けている。さらに、油の流出と有毒廃棄物及び核廃棄物の投棄について訴えた。 ソマリアの様々な地域の漁民たちは「国際社会」に対して、不法漁業、貧しい漁民からの生計の奪い取り、廃棄物投棄と他の生態学的惨事、流し網や水中爆破などの全ての禁止漁法の無差別の使用、海がめ・シャチ・サメ・赤ん坊クジラなどの「絶滅危惧種」の抹殺、礁・バイオマス・魚の生息地の破壊などを訴えた(統合地域情報ネットワーク IRIN Integrated Regional Information Networks 2006年3月9日)。 メルカの漁民は語った。「彼らは我々から魚を奪うだけでなく、我々に漁をやめさせようとしている。我々の舟を壊し我々の網を切っている。」「国際社会」を非難して、「ソマリアの海賊問題について言うばかりで、外国船による我々の海岸と我々の生活の破壊については何も言わない。」外国船の数が次第に増えていることを強調して、「毎日我々の海岸の数マイル先にそれらを見るのは今では普通のことだ。」 その活動を「経済的テロリズム」と評して漁民は語った。「密漁者は魚を略奪しているだけでなく、ゴミや油を海に捨てている。ソマリア政府にはそれを止めるだけの力が無い。この問題を私たちが解決するのを国際機関は援助してほしい。」「海によって細々と生計を立てているソマリア沿岸社会は、海の富を盗み生息地を破壊している先進国と途上国の双方から来る不法漁業船隊を止めるように、国際社会に訴えている。」 2005年11月11日のFAOソマリア漁業報告は述べている。「法的枠組みの欠如と監視・管理・監督の能力の欠如のために、広範なIUUが起こった。IUUは、一年中ぶっ通しの漁をやり、海洋生態系を無視し、魚と甲殻類の産卵期を省みず、大規模な流し網と爆発物の使用で取り返しのつかない損害を与え、地元漁民の暮らしを消失させ、そうして漁獲高の最大化を追求する。」 1990年代初めに漁業顧問のジョン・ローレンスは、破滅的で胸のつぶれるような外国の不法なソマリア海の略奪を報告し、国連開発計画(UNDP United Nations Development Program)に行動を提案している。「巨大な外国の工場船や船舶によるソマリアの深海漁場の略奪の規制について、まず国連は深く関与しなければならない。この海域は世界で最も豊かな五大漁場の一つで、まだ略奪されてはいない。だが今、荒らされ始め、どんな権力によっても規制されず、今のレベルで獲られ続けるならば資源は激減するだろう。ある世界資源は重大な脅威の下にあり、国連は傍観してそれを防ぐために何もしていない。次に、ソマリア人民は、この海域にライセンスを与え警備する能力が無いために、この資源からの収入を閉ざされている。国連は、支払いをしない漁船の活動を無視しているが、そのような支払いは他の状況ならばどんな国際法廷においても強制されるようなものである。」 国連決議には、不法漁業海賊行為や有害廃棄物投棄やソマリア漁民の窮状についての言及が一切無いことは強調されなければならない。正義と公平さは、FISHING PIRACY and SHIPPING PIRACYの双子の問題の中で見過ごされてきている。 (抄訳責W) |