戦時体制を準備し基本的人権の蹂躙に導く
特定秘密保護法に反対する
  

 安倍政権は、長期を要する条文改正手続きを待たず、これまでの解釈改憲による憲法違反に、さらに大きく踏み込み、実質的な改憲をいっそう強めようとしています。
 歴代内閣の憲法解釈さえ覆す集団的自衛権の合憲論がその典型例ですが、政府はまずは今秋、国家安全保障会議(日本版NSC、National Security Council)法案と秘密保護法案を合わせて特別委員会で審議することを決定しています。国家安全保障会議はアメリカのそれをまねたもので、首相・外相・防衛相・官房長官による常設機関であり、危機管理への一元的な即応や中長期の軍事・外交戦略を練ることをその任務としています。分かり易く言えば、自民党改憲案に想定されている、緊急事態とりわけ戦時にいかに対応するのか、ということです。
 そのため主として軍事・外交情報を全面的に隠蔽しようとするのが秘密保護法の目的です。とりわけ、集団的自衛権の行使を目論んでいる現在、米軍と共有する軍事秘密の厳守が、米国によって再三にわたり強硬に要求されてきました。現行の公務員の秘密漏洩罪が1年以下の懲役であるのに対して、秘密保護法違反の量刑が10年以下の厳罰になっていますが、それは、現行の刑事特別法(米軍の秘密漏洩罪)違反及び日米相互防衛援助協定(MDA)秘密保護条項違反の量刑(10年以下の懲役)と同一水準にするものです。ここにも、自衛隊と米軍との関係が如実に示されています。
 しかも、秘密保護法は単に、市民の知る権利を奪うだけではなく、学問の自由、言論・出版の自由、刑事被告の権利等、憲法に保障された基本的人権の重大な蹂躙を行い、同時に、秘密保護法は警察権力に広汎で自由な捜査・逮捕の権限を与えるものです。多くのマスコミ報道には、マスコミの取材制限さえ撤廃されればそれでよし、とする姿勢が見え隠れしますが、この警察権強化の側面を決して見逃してはなりません。

無制限の秘密対象
 法案が秘密とすべき「特定秘密」は、防衛・外交・安全脅威活動(特定有害活動)防止・テロ活動防止の4分野です。特定秘密の設定基準を設けるとしていますが、しかし、それはごく一般的で抽象的なものにすぎません。実際には、特定秘密の設定は、指定権を持っている行政長の裁量範囲であり、行政機関にとって都合の悪いあらゆる情報が特定秘密の対象となります。その好例が1971年、当時の「毎日新聞」記者の西山太吉記者が、沖縄返還に絡む費用の一部の日本側の肩代わりを約した外務省密約電報を暴露した事件でした。これは、佐藤内閣と外務省にとっては暴露されると極めて都合の悪い秘密でしたが、市民にとっては当然明らかにされるべき事実でした。しかし、政府は一貫して秘密の存在を否定し、逆に西山記者は公務員違反で有罪となりました。
特定秘密保護法原案における「行政機関」の定義は以下の通り
第二条 この法律において「行政機関」とは、次に掲げる機関をいう。
一 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関(内閣府を除く)及び内閣の所管の下に置かれる機関
二 内閣府、宮内庁並びに内閣府設置法第四十九第一項及び第二項に規定する機関
三 国家行政組織法第三条第二項に規定する機関
四 内閣府設置法第三十九条及び第五十五条並びに宮内庁法第十六条第二項の機関並びに内閣府設置法第四十条及び第五十六条の特別の機関で、警察庁その他政令で定めるもの
五 国家行政組織法第八条の二の施設等機関及び同法第八条の三の特別の機関で、政令で定めるもの
六 会計検査院

知らぬ間に刑事被告され、反論は不可
 しかも、何が特定秘密なのか市民には明らかにはされません。例えば、現在、輸入した原発燃料の輸送経路、米空軍の日本国内の演習経路、登山の安全のための目印となっている送電鉄柱の所在場所、等々はすべてテロ防止の口実で秘密です。もしこれが秘かに特定秘密に指定されれば、これらを調査することは直ちに秘密保護法違反となります。戦前、「沖の軍艦を数えただけでスパイ容疑で捕えられた。国に都合の悪いことは一切しらされなかった」(「朝日新聞」投書、86歳)
(声)秘密保護法案 負の歴史思う(朝日新聞)
「政府が特定秘密保護法案を国会に提出しようとすることに、私は深い憂慮を覚える。戦時中、山口県・旧東和町沖で戦艦陸奥が沈み、一瞬にして1100人余りの命が失われたが、それを私たちが知ったのは戦後だった。沖の軍艦を数えただけでスパイ容疑で捕らえられたという話もあった。あの頃は国に都合の悪いことは一切、知らされなかった。知ったことを言おうものなら、すぐに捕らわれた。」

 仮に、登山家が自分で送電鉄柱を調査・公表して起訴された場合、被告は防御のため、具体的に何がどこまで特定秘密なのか、被告の行為がいかなる意味で秘密保護法に抵触するのか、等について審問し反論することはできません。行政長が許可しない限り、裁判官すら、特定秘密の内容を知ることができません。だから、検察官は被告の行為が特定秘密に抵触するだけの理由で起訴ができ、被告の反証なしに一方的に有罪となります。近代刑法の大原則である刑事被告人の審問・反証の権利(憲法第37条)の完全な蹂躙です。
 警察もまた、一方的に秘密保護法違反の疑いだけで捜査・逮捕することは自由自在になります。それでなくても、たとえ微罪でもそれを利用して、反政府活動を弾圧するのが警察の常套手段だからです。立川自衛隊監視テント村事件(2003年)や葛飾ビラ配布事件(2004年)がそのことをよく示しています。
立川反戦ビラ入れ事件逆転有罪判決を糾弾する! (署名事務局)

 また国家権力にとっては秘密保護法違反で逮捕するのが重要なのであって、実際に被告が秘密保護法に抵触しているかどうかは問題ではありません。仮に嫌疑不十分で釈放されたとしても、あるいは裁判の結果として無罪になったとしても、長期にわたって拘留され、社会的制裁を受けるという恫喝が、市民の「言論・表現の自由」を圧殺し、自粛させることにつながっていくのです。

膨大な秘密が闇から闇へ
 秘密の数も膨大です。たとえば、防衛省が秘密指定として件数は2006年末で9772件、2011年末には30752件、実に3倍以上となっていますが、防衛省の担当官以外は誰もその内容は知りません。官僚たちは何でもかんでも秘密にしたがるから、全省庁による秘密指定数の合計は天文学的となる筈です。
特定秘密は指定期間5年ですが、行政長が繰り返し秘密指定を更新でき、しかも、行政長は秘密解除と秘密文書保存の義務もありません。現行の情報公開法も、全くの無力です。今でも、情報公開を要求しても結局は、重要な情報はすべて、黒塗りで返ってくるのが現状です。だから、特定秘密はすべて、永久に闇から闇へ葬り去られるということになります。

広範囲な守秘義務者と厳しい国家統制
 秘密取扱者(秘密作成者または秘密取得者)には国家統制による厳重な守秘義務が課せられます。秘密取扱者は具体的には、(1)国の行政機関、(2)独立行政法人、(3)都道府県警察、(4)行政機関等から事業委託を受けた民間業者・大学。秘密保護法に関する有識者会議報告(平成23年8月)が例示したのは、独立行政法人の宇宙開発事業です。人工衛星の開発研究、大量破壊兵器に転用可能なロケットにかかわる機械技術の研究開発に関して、国の安全等に関する情報を作成・取得することがあるからです。この例に従えば、行政機関等が委託した、大学でのウイルスの研究も化学の研究も原子力研究も、すべて大量破壊兵器につながる可能性はあります。したがって、研究成果の公表には厳しい国家統制がかけられ、憲法が保障する学問の自由(第23条)や出版言論の自由(第21条)が踏みにじられます。

秘密取扱者の警察的人事管理
 特定秘密を取り扱う者が指定され、その取扱者は適正評価制度を適用して、徹底的な人的管理が行われます。秘密取扱者の評価事項は以下です。(1)人定事項(国籍、本籍、親族、等)(2)学歴・職歴(3)我が国の利益を害する行動(政府の暴力的転覆活動、スパイ活動、等)(4)外国への渡航歴(5)犯罪歴(6)懲戒処分歴(7)信用状態(8)薬物・アルコールの影響(9)精神問題に関する通院歴(10)秘密情報にかかわる非違歴。それだけではありません。「対象者本人に加え、配偶者のように対象の身近にあって対象者の行動に影響を与える者」についても調査を行うことになります。だから親しい友人や愛人・恋人もこれに含まれます。これは、上掲の西山記者の事件の際、彼が愛人の外務省の女性事務官を通じて電報のコピーを入手したことを念頭においたものです。しかも、これらの調査基準も調査対象も非公開です。本人の提出調査票の真偽を確認するため、第三者(金融機関、医療機関、学校等)への照会も可能です。この照会に際しては本人の同意を得るのが適当であるとされていますが(有識者会議報告)、実際にはその保障はありません。

秘密保護法違反は厳罰
 秘密取扱者の故意・過失による秘密漏洩と特定取得行為は、10年以下の懲役の厳罰に処す、となってといます。特定取得行為とは、財物の窃盗・不正アクセス・不正侵入・だまし・脅迫・暴行等の犯罪行為による特定秘密の取得と共に、犯罪行為に至らない場合でも「社会通念上是認できない行為」による場合にも、これに該当します。「社会通念上是認できない行為」とは、西山事件の際、最高裁が不倫関係を通じてのコピー取得を有力な有罪論拠とした悪判例に基づくものです。
 なお、有識者委員会報告によれば、特定秘密取得行為については、未遂・共同謀議・教唆・扇動・国外犯のすべてが有罪となります。特に教唆・扇動は、実際に特定取得行為が行われなくても、これを独立罪とします。これによって、警察はより広範に捜査を行うことが出来ることとなります。
 これに加えて密告に対する刑罰減免規定がある。これは明らかに、平和組織や反政府組織におけるおとり捜査やスパイ潜入策をあらかじめ是認するものです。
 なお、自民党が1985年、議員立法で提出したスパイ防止法案の最高刑は死刑でした。戦前、治安維持法の立法時(1925年)には、死刑条項はありませんでしたが、1928年改訂で死刑を加えました。だから一旦、秘密保護法が成立すれば、法改訂によって量刑の強化さえ容易となります。

気休めのマスコミの「取材自由保障」
 政府は、マスコミの取材の自由は保障するとしています。しかし、この場合でも、その手段が社会通念上不当な場合は除くとしています。だから、マスコミ側は、常に秘密保護法違反に該当しはしないかと、ビクビクして取材を行わなければならず、当然、取材活動に自主規制のプレッシャーがかかり、強い萎縮が生じます。さらに、マスコミ会社には属さないフリー・ランサーの記者には、「取材自由」の保障はありません。いずれにしても言論・出版を保障する憲法第21条の重大な蹂躙です。
一方、政府は当初、秘密保護法の本質を隠すため、「国民の知る権利」の併記を匂わせていますが、仮に併記されたとしても、それを保障する手段はなく、これまた気休めにすぎません。

広がりつつある秘密保護法反対世論
 すでに、日弁連、新聞労連、日本ペンクラブが反対声明を公表し、パブコメもたった15日間(9月3日〜17日)という短期間にも拘わらず、約9万集まりその8割が反対だと報道されています。すでに述べたように秘密保護法は、集団的自衛権の行使と一体のものであり、「戦争できる国づくり」、憲法改悪の地ならしに他なりません。全国各地から反対の声を上げましょう。

2013年10月15日
リブ・イン・ピース☆9+25

(この記事は、10月13日に行った[リブインピース@カフェ 憲法問題連続企画] 第9回「集団的自衛権と秘密保護法の危険」での岩本勲さんの講演録に加筆訂正をしたものを下敷きにして作りました。なお、文中の秘密保護法に関する引用は、2013年9月27日提出の「特定秘密保護法案」と2011年8月8日「秘密保全のための法制の在り方について」からのものです。)
[資料]特定秘密保護法案 政府原案
秘密保全のための法制の在り方について(報告書)(秘密保全のための法制の在り方に関する
有識者会議)